全員音楽大学に通っているパロディ
専攻
ヴァイオリン…銀時/沖田
ヴィオラ…土方
チェロ…坂本
コントラバス…山崎
ピアノ…桂/神楽
打楽器(ティンパ)…高杉
*沖田/神楽/山崎は同い年
*他メンバーは基本同学年
*ドイツ語は適当
忘れかけている設定
*土方…ヴァイオリンの音が苦手だと高校時にヴィオラに転向。沖田と銀時のヴァイオリンは好き。
*山崎…テルミンがプロ級
*沖田…4学年併せてもトップクラス(が、本人にやる気があまりない)たまにエレキヴァイオリンを弾く。
*神楽…桂と仲良し。いまいち楽譜が読めない。
*銀時…ヴァイオリン科トップ。ハーフさん。ちょくちょく外国へ行く
*坂本…独自の演奏が支持されている、めっさ金持ち
*桂…ピアノ科で美人だと有名な桂さん。コンクール常連なのになかなか一位が取れない。初鍵が得意。
*高杉…リズムの正確さはメトロノーム並。ティンパよりドラムが好き。ギターも三味線も弾ける、意外と完璧主義者。
設定雑多CP 音楽大学パロディ
かわいい人を夢に見たい(沖田と山崎)
珍しく彼がやる気を出して赤いそれを弾くときがあって、その場にたまたま居合わせた俺は一気に彼の音の虜となった。
いつだって「赤いヴァイオリンの」が、彼の名の文頭についていた。
(ほら、沖田先輩)
(ああ、あの赤いヴァイオリンの)
(カッコいいのに、ヴァイオリン弾いてるところみたことないからなんとも言えないよね)
(あの先輩が弾いてる所なんて見たことある人いるの?)
(さあ?でもすごく上手いとは聞いたけど)
(その割はにコンクールに出ないじゃない)
「だってやる気がしねーんだもん」
彼は笑う。
弦を弾く手があんまりに白くて、ヴァイオリンの赤いのと対照的で、とても似合っていた。
「本気で弾けば銀時さんと同じくらいなんじゃ」
「音楽は競うもんじゃねーの」
たまに俺が言い返せなくなるくらい正しい事を言う彼はなんとなく大人に見えた。彼と俺とは同い年だけれど、彼がこんなだからつい敬語を使ってしまう。
(もう癖なんだけど)
「話は変わりますけど」
「なんでィ?」
「そのヴァイオリン目立ちますね」
「これが一番かっこよかったから」
ヒトメボレしたのさ、と彼は笑った。なんて爽やかで黒い笑み!その笑みがひどくスマートで、なぜかぞくぞくとした。
「…沖田さんもっかい弾いてくれません?」
「んー…ザキがコンバスで主席とったら弾いてやらァ」
そんな無茶なと、俺は思った。
…しかし考え方によってはいいかもしれない。主席だったら聞き放題?
「ま、一回だけな」
俺の心は読まれている。
そうして彼は仕方ねえなぁと、ヴァイオリンを弾き始めた。キイキイと副長が嫌いな音ばかりで、適当に。
ああだけども沖田さん、(ねえ沖田さん)
俺は副長じゃないからその音も平気なんですよ。だからすこし美しい旋律に聞こえるなんていったらまた黒い笑みを返されそうだった。
(もしかしたら僕はよくわからないままに嫉妬なんかをしているのかもしれない。誰に?自分でもわからない。)
真実の恋か、気まぐれか土沖
食べて寝て排泄、たまに性欲解消してれば人間は生きられるらしい。
食べなきゃ死ぬな。(人間は水だけで40日は生きられるんだって、水なしでは一週間)
寝なきゃ死ぬな。(ラットの実験じゃ20日で死ぬって。絶食より短い)
出さなきゃ死ぬな。(これ結構重要だよ?出ずに死ぬとか嫌だな)
性欲解消なんて好きにしてりゃ良いしさぁ。今は笑っちゃうくらい便利な世の中だから?出会い系は五万とあるし、オカズになる画像なんて嫌ってほど流れてるし。
「でも俺は性欲より音楽なかったら死にまさァ」
「ふぅん」
黒と白で統一した部屋に黒いマヨラーと白いヴァイオリニスト。つまり土方さんと俺。BGMはシューマンで、彼と俺はソファの上。(ちなみにこれ、俺が特注した黒革ソファだってことを土方さんは知らない)まあそんなことはどうだって良いけど、良くなかったのは土方さんの一言だ。
ふぅんってなんだよ、ふぅんって。
妙に信じてなさそうな言い方!ま、わざわざ証明する気もないから死なないけど。
「腕がなくなっても、ヴァイオリンは弾きまさァ」
「目が見えなくなっても?」
「当たり前でさ!」
「耳が聞こえなくなったら死ぬのか?」
「うん」
だってそれって音楽がない世界だろ?
だからベートーベンは偉大だよね。よく死ななかったと褒めてやりたいよ。だけど俺は無理。生きちゃいけない。
不可能なんだ。
左手を見つめるとヴァイオリンのタコが出来てる。何歳から始めたんだっけ。その頃の俺は音楽なしで生きれたっけ。
「ねぇ、土方さんは音楽がなくなっても死んだりしないんですかィ?」
「しねぇよ」
即答された。(微妙に悲しかった)
一般的じゃないか。
俺なんか人間の三大欲と音楽がないと生きていけないのに。でもそんな一般人なあんたにお願いがある。
きっと一般人じゃなくても頼んでたけど。
「土方さん。俺の耳が聞こえなくなったら俺を殺してくだせェ」
耳が聞こえなくなるってさ、事故か病気だろ?事故で動けなかったら自分で死ねないし、病気でもそうだろうし。耳が聞こえない恐怖なんて長く味わうもんじゃない。
例えば今このシューマンが止まったら俺は直ぐにレコードを変えるだろう。そう、ここは俺のレコードルーム!壁一面のレコードに埋もれる素敵な空間!俺が生きている間くらいはたくさんの音楽を聴いておきたい、
「……断る」
少しの沈黙と拒否。
「つれねぇなァ。あ、じゃあ、この前の誕生日プレゼントもらってなかったからそれで」
「んなもんやれるかっ」
「じゃあクリスマスプレゼントの分も追加で」
「お前の命はどんだけ安いんだ」
「まー土方さんのプレゼント二回分よりかは安いでさァ」
首を絞めるだけでいいのに。そのヴィオラを奏でる長い指を俺の首に絡めてぐっと力を入れるだけ。三分も絞めてりゃ完璧だし、上手い具合に頸動脈絞めてくれたら一分もしないのに。何が不満なんだよ全く。
ふんっって鼻を鳴らしたら後ろでブツリとレコードが切れた音がした。急いでレコードを変えないと気が触れてしまいそうだ。次はメンデルスゾーンがいいなァ、なんて思って立ち上がろうとしたらぐいっと後ろから引っ張られてさ。
「なんでィ」
「お前は殺せねぇから変わりにプレゼント」
変わりってなにさと言いたかったんだけど、また引っ張られちゃって、思いっきりバランスを崩した。一直線に土方さんに突撃!ボスって鈍い音がしたけど、土方さんは平気そうな顔してた。ミゾオチにでも肘入れときゃ良かったな。
なぁんて考えてる暇はなかった。次の瞬間lip
on lip。(あ、mouth to mouth
って言うべきでした?)
まあ後者が近い。舌入ってるしね。土方さんのキスってしつこいから終わった後は溺れた直後みたく息切れする。煙草の味がする。土方さんの舌はいつだって煙草の味がする。大好きな味。土方さんといつも一緒にいるから慣れた匂い、苦さ。なんだかもう土方さんの煙草吸っても平気な気がするよ。吸わないけど。(だってもう俺の肺は副流煙で真っ黒だ)
音楽が止まってもうどれくらい?止まったままのレコードにホコリがつもるくらいには時間がたったんじゃないか、と、これは主観的時間。実際は知らない。
長いキスは嫌いじゃない。
唇が離れて気付いたのは、俺が泣いてたって事。悲しいとかそう言うんじゃなくて、なんか勝手にでて来ちゃう涙。(いや、ほんと悲しくないから)
「土方さん、さっきの…前言撤回…」
「ん?」
くそ、こっちは必死なのに、何でこの人は余裕なのさ。まあいいや所詮はmouth
to
mouth。
「人間の三大欲求…+音楽+土方で、お願いしまさァ」
だから死ぬのは俺が先ね、あんたが先に死んだら殺してくれる人いなくなっちゃうし。土方さん死にそうになったら俺殺してから死んでよね。
「…今のでプレゼントは終わりだろ」
「今ので二回分のプレゼントだなんて…俺の命どんだけ安いんだ土方コノヤロー」
顔を背けたら土方さんの髪の毛があたってくすぐったかった。
欲+2は卑怯かな。まぁいいや。だって本当だもの。
「プレゼント、足りねぇでさ」
そうしてまたlip
on lip。(やっぱりmouth to
mouth?)
レコードにホコリ積もってしまうまで抱き合えば音楽より先に死ねるかな?
(いまさら気まぐれだなんていわれてもね、俺はもうアンタを離す気すらないんだ)
夢見る魚坂高と銀桂
高杉の機嫌が悪いと俺に相談を持ちかけてきたもじゃもじゃは、いつものバカ笑いをやめて真剣だった。
「直接聞きゃあいいじゃねェか」
アイツ、俺らに言わねェでおまえにしか言わねェこと山ほどあんのに。と、言ってやったのに全く信用していないような目つきで俺をみた。物凄く、困る。
「ヅラー、なんか言ってやってよー」
後ろで一心不乱にピアノを弾く桂に声を掛けると、ピアノの音がピタリと止まった。
ああもう!集中してんなら無視してくれたっていいのに!だからお前は詰めが甘いんだよ!だからコンクールで二位なんだよ!と、お母さんみたく言いたくなった。………でもまあ小さな事でも無視なんかしない律儀な性格がヅラだからね。そんなヅラが好きなんだけどね。
「ヅラじゃない、桂だ…して、何の話をしていた?」
ヅラは自分の名前に反応しただけでやっぱり話を聞いてはいなかった。それだけ集中してたのに、それでも周りに気を配るなんて優しすぎる。
だからお前は……!…いかんいかんまたお母さんが、なんて1人アホみたいに格闘してる間に坂本は桂に経緯を話していた。
間。
「心あたりはないのか?」
「それが分かれば苦労せんぜよ」
もじゃは大きく溜め息をついてチラッとこちらに目をやった。
「なんか知らんか?」
知らねえってぇの。
「それなら本人に聞こう。」
そう言って“俺に”携帯を差し出してきたヅラは言う、
「お前が聞いてくれ」
…なんで俺?
「携帯は電磁波が酷くて苦手だ」
飛行機か精密機械じゃ在るまいし!
しかしよくよく考えるとヅラが電話をかけてるの見たことない。
「…分かったよ」
携帯を受け取ってパパっと高杉の番号を引き出す。通話ボタンを押せばツッツッツッと数回、そして呼び出し音。何回かして、彼は出た。
『…ヅラ?』
「残念でしたー。銀さんでーす」
『チッ…何の用だ』
「ひっど!舌打ちとか!…まあいーや、ちょっと聞きたいことがあって」
辰馬が俺が持っている携帯に耳を近づけて話を聞き取ろうとしているが、正直もじゃもじゃの髪がくすぐったくて殴り飛ばしてやりたかった。
『聞きたい事?』
「なんか坂本がオメーの機嫌がわりいって泣いてるのー」
「まっこと失敬な!」
「うっせ、黙ってろバカ本!」
「バカとは何じゃバカとは!」
「バカだから!バカだろおめー!」
『…………おい』
ドスの聞いた低い声が受話口から聞こえてきた。
『忙しいから切るぞ』
ブッツン、
無常な音が聞こえた。おおおい!
「おい!」
「金時なんとかせんかー!」
「だー!何回言やぁ分かるんだ!俺は銀時だっつの!それにお前がヘタレだから高杉がー!」
「あ」
突然桂が声を上げた。無駄にヒートアップした口論を止めたのはその素っ頓狂な声だった。
「そういえば…晋助が何か言っていた気が」
なんだそれは!と二人で喰いつくと桂はううーん、と頭をひねって考えていたが少しして「晋には言うなよ?余計拗ねるから」と、語り始めた。
間。
聞いちまえばなんて下らない話だと思ったのだが、本人にしちゃ結構悩みだな。うん。
話を聞き終わってすぐに「ちょっと行ってくる」と、坂本は出て行った。
そして部屋は桂と俺とピアノだけになった。
「にしてもあの高杉が、かわいい悩み持ってたもんだ」
「…厭にもなるだろう。だいたい、晋が楽しそうに弾いてるのを見たことがあるか?」
「んー…あんまねぇなー」
「ティンパよりドラムの方が好きだと言うから」
ポン、と白鍵を長い指が撫でA音を奏でた。だけどアイツ、クラシックが嫌いってわけでもねえじゃん。なんでかなぁ、と床から白鍵に手を伸ばして1オクターブ高いC音を鳴らした。
桂は困ったように笑った。
「何かそれぞれ思い悩む事があるのさ」
坂本も晋助もおまえもな。
「ヅラも?」
するとヅラはふっと笑ってE音に指を置いた。
美しい和音。俺はそれを壊したくてDを強く叩いた。
(崩壊の和音が美しく聞こえた。こんな何気ない日常が壊れていくのが怖いと思った)
音楽の捧げ物坂高と銀桂
(クラシックは好きだけどな。聞いていて厭になる。)
高杉はそう言って首をもたげた。坂本の肩に重みがかかった。
(コンサートなんざ特に。)
高杉が息を薄く吐いて目を瞑るとその髪に坂本の指が触れる。そのまま優しい手つきで手櫛を入れると高杉はちいさく身体をよじった。
(音が五月蝿い)
(楽器がか?)
(違う)
さらりさらりと鳴る髪の毛一本一本がなにか新種の楽器を思わせて坂本は少し微笑んだが、高杉は目を瞑ったまま不機嫌そうに続ける。
(人がたてる音が五月蝿い)
高杉は言い終わると突然ぱちっと目を開いて坂本の手を解いて立ち上がると、壁一面に並べられたレコードから一枚取り出した。
(寝てる奴はまだ良いが、椅子に座り直したり咳したりよ。耳に入ってきて仕方ねえ)
丁寧な手つきで取り出した円いそれをセットするとヴァイオリンの音が聞こえ始めた。
(イタリアじゃあ罰金もんなんだぜ?)
ああ、イタリア行きてえなぁ。と、呟いた。
坂本は口を開きかけたがやめた。イタリアに連れていってやろうかと言いたかったが隻眼の彼が望んでいるのはそんなことではないと気づいたからだ。
高杉は坂本の元へひらりと戻って来た。まるで猫のように。スピーカーから流れるヴァイオリンの音ににチェロの音が重なった。道理で聴いたことがあると思いつつ坂本は彼の髪を撫ぜた。
(真空みたいな所で生で聞きてェなァ)
(真空じゃ音は届かんぜよ)
(ものの例えだバカ)
バカ呼ばわりされて何とも言えない気分になった坂本だったが、ふとあることを思いついた。
*
「暇だったからいいけどよォ」
銀時は弓をぷらぷらとふりながら坂本に言った。
「にしてもてめーどんだけ金持ちなわけ?」
ポンとこんなバカでかいホールを借りちゃって、しかも観客は一人でさぁ。演奏者は三人って、王宮サロンも真っ青な豪華さじゃねぇか。
「演奏者も素晴らしいメンバーだからな」
ぶつぶつと文句を言う銀時の言葉に賛同したように背後から声がかかった。
桂だった。彼は銀時に反して笑っている。
「まあ堅いことは言いっこなしじゃ!うちの姫君に聞かせてやってほしくてな」
あっはっは!と、いつもの笑みを見せて坂本は振り返った。広い舞台の上には三人だけだ。
「誰が姫君だ!」
二階まである客席の中央前方でひとりだけ座っている男が叫んだ。
頭から爪先まで全身真っ黒で、えんじ色の椅子の中、ぽつんと目立っていた。
「晋以外だれがおるんじゃー?」
坂本は振り返って笑った。舞台の上の三人は正装をして、弾く準備は万全。
「俺らの演奏聴いて寝んなよ!心して聞け!」
銀時が叫んだ。彼らが先程から叫んでいるのは、客席にいる男まで声が届かないからであって決して男に怒っているわけではない。
「たりめーだ!」
高杉も 叫んだ。
(それにしても、)
銀時は思う。
(あの高杉の坊ちゃんは意外性の固まりですこと)
昔からつんけんした奴だったが、考えてる事はデリケートでたまに目を離してると自暴自棄になってたりするし、いつの間にか片目なくしてるし、何がつまらないのか知らないが毎日不機嫌だし。
銀時は桂に目配せをした。黒い正装に長い髪、これが天下の桂様か、と心中で苦笑して、坂本に視線を移す。彼も同様に黒の正装で、椅子に座っている。準備は完璧だと銀時に視線を返し弓を振り上げた。
高杉がここ最近不機嫌だったのは大きくふたつの理由があった。ひとつ、仲間内で自分だけが弦楽ではない(そのための孤独感)ふたつ、全ての音が自分の為に存在していないこと(つまりはクラシックを一人で楽しみたい)そんな事で苛々としていたのだ。
そんなことでいじけていたなんて可愛い奴。と、銀時はまた苦笑する。
苛立つ高杉の為に坂本はなんとか解決策は無いものかと考えた。選択してしまった楽器はどうすることも出来ないが、全ての音を彼の為に渡すことは出来るだろうと大ホールをポンと借り、一人で音楽が聞けるようにした。演奏は坂本と銀時と桂がいい、とご指名までされて銀時と桂が断るわけにはいかない。
(まったく大層な姫様だよ)
チェロの独奏が続く間、銀時は考えていた。
(だけど断れねぇのは)
また目を潰されてしまっても困るから。それ位ならこんなもん安い対価だろ。
プロでも通用すると言われてる三人の本気の演奏をたった一人で聞けるなんてなんて羨ましいやつだ!
桂のピアノの音がセロの音に混ざった。次はヴァイオリンの音。
真空の中で音を聴く高杉は音符に絡めとられるように目を閉じた。
(これが夢にまで見た楽園の音楽。なんてヘヴンズヒールを駆け上がりたい衝動に駆られる音楽なんだ。)
あの人の苦しみを慰めようもないことは分かっている銀桂前提 the three years ago.
明日を生きる気力はないのに未来を断ち切る勇気もないなんてまったく笑える
朝起きて、いつものように友人を学校に誘いに行くと彼は不在だった。何度携帯を鳴らしても返答が無いのを不審に思い、彼の部屋のドアノブを回したら 開いた。益々不審に思って中に入ると血の海だった。
実際自分がそんな目にあったらトラウマになるだろう。しかし俺はそれを体験しなかった。俺が日本に戻って来た時にはもう高杉の目は片方しかなくて、発見者の彼は不眠症になっていた。
「お前のせいじゃねぇって言ってんだろ…」
長い髪を撫でてやりながら、腕の中で幼子のようにすすり泣く彼の涙を拭ってやっても、嗚咽は止まらない。
彼はたまにこうしてフラッシュバックを起こして俺の元へ駆けてくる。高杉の所には坂本がいるから大丈夫だと何度も教え、俺も坂本も弱くはないと教え、だからと言って高杉が弱いと言うことではないと教え、お前に罪など何一つないと教えこむ。
そうして安心させてから漸く眠る彼の頬は大概痩けていて(短期間によくこんなにも痩せられるもんだと不謹慎にも感心してしまう程だ)
腕の中で小さく眠る彼は女のようで(女でない)
優しく抱き込んで考える。ああ、誰にどういう責任があるか考えてもそんなもんはどこにもない。
責任がどこにあるのか、あえて言うなら人間を創った何かで、もっと言うなら地球を創った何かだ。
そんな奴らを恨んだって無意味に等しい。時間の無駄で、思考の無駄遣い。
けれど高杉は止まらなくなってしまったんだろうな。彼はあの日真っ白な病室で笑って言った。
(人間の存在意義は一体どこに?)
(俺はどうやって生きたらいい?)
(この世界は汚過ぎる)
(世界は誰のためのものだ?)
(失って得たものは何だ?)
もし俺がこのまま奴のように考え続けたら片目を失うのだろうか?いやいや、それはないな。きっと無くさない。ずきりと右側だけ頭痛がした。考え過ぎたぜ畜生!
すうすうと寝息を立てた愛しい君の瞼に口付けた。ああ、傷をもつ君に俺は一体何が出来るのか。一体何をしたいのか。きっとわからないから俺は弾き続ける。
(君にとって無情なる響きを放つヴイオリンは、ケィスから出した硝子の心と同じである)
死よ、お前の勝利はどこにあるのか土沖
彼はヴィオラを俺に投げつけるように渡して、彼女へと駆け寄った。
「ちょっ、待て!」
俺はその声を聞いた瞬間、手に持ったヴィオラを地面に投げつけて壊したい衝動に駆られた。
(彼は怒るだろうか?)と考えるうちに気付けば彼と真逆の方向に走っていた。
彼女というのは俺の姉上のそっくりさんで、彼というのは土方さん。駆け出した俺は沖田総悟。 よし、これで状況の確認はばっちりだ。
俺は手にヴィオラ、背中にヴァイオリン背負って走った。
学校に戻って、あいつのいるピアノ室に飛び込んだ。
「…死っね、ヒジカタあんにゃろう…」
「トッシーはなかなか死なないアル」
「…知ってらぁ」
ピアノを弾く手を止めないまま無邪気に笑う顔を見て一気に脱力してしまい、ずるりと壁にもたれ落ちた。
「トッシーとけんかしたアルか?」
「ちげーよ」
あの馬鹿が女にうつつを抜かしてるだけで、喧嘩なんかではない断じて。
ただ複雑な気持ちが混ざりすぎて、想いにリアリティを無くして、爆発寸前なだけだ。
「何があったか教えるヨロシ」
「…………土方の馬鹿が俺の姉上そっくりな女と付き合ってるって聞いたから"あんたは顔だけで判断してんのか"って怒って、"なら俺だって良いじゃねぇか姉上にそっくりだ!"ってわめいて、"どうせ遊びならさっさとやめろ"って言ってる所にその女が来ちまったんでィ」
「…長いネ、もっと手短に言うアル」
「よーするにただの嫉妬」
「ふーん」
ふーんといいつつジムノペティを弾くなんて嫌がらせかオイ。選曲を考えろ選曲を。しかし土方さんはあの女のどこがいいんだ全然似てなかったじゃねえか。なのに説教は一人前にしやがって。
「全部欲しいのは我が儘だって言われちまった」
「人間は得てして我が儘な生き物ヨ」
「へっ、笑かすな」
俺は全部欲しいんだ。好きなもの全部。それは全部日本の常識が悪いんだ。好きなもんは好きなんだから誰とどれだけ結婚したっていいだろーが。でも死んだ人は知識を隅々までひっくり返しても生き返らないよ。 土方さん 俺はあんたが好き。 あんたの音楽が好き。 だけどあんたはどうなの? あんたは、誰が好き?
「なーチャイナァ」
「なんヨ?」
「おめー俺が好きか?」
「…好きアルヨ?」
ジムノペティが止んだのに俺は不覚にもドキリとした。
「ピアノの次くらいにはネ」
「…ああ…そーかい」
ま、嫌いよりはいいかなと思ったら、腕に抱えていたヴィオラが倒れた。
「なんでふたつも持ってるアルか」
「これは土方のアホのヴィオラ…あ、やべ、傷ついたかなコレ」
「確かめるアル」
…ではご開帳。そのヴィオラケースは簡単に開いた。茶色くて…いや、普通茶色いんだけども、なんだか普通すぎてつまらなかった。
「傷ついてるアルか?」
「いんにゃ…」
出してみてちょっと確かめたけどおかしいとこは特にないし弦をはじいても平気だった。なんか聞いたことがある音がした。
「…手紙入ってるあるヨこれ。きっとラヴレターアル!」
神楽はヴィオラケースを指してはしゃいでるが俺の怒りは増すばかりだ。 一体何に対して怒っているのかわからない事に一番イライラしているのだ。
俺を好きじゃないから? 姉上を忘れてないから? なのに姉上じゃない人と付き合ってるから?
しかもラブレター? ああもう。イライラする。 中から手紙を取り出して、それが年期入ってるのに気づいた。なんだろうと裏返したら、突然理解した。そこには俺が長年見慣れた、字があった。
「…姉上」
ヴィオラケースに入った手紙は姉上のものだった。中身なんか見なくたって分かった。そんでもって、ヴィオラのことも。
(これ…姉上の…)
「どしたアル?」
「いや…、なんでもねェ」
俺はすぐに手紙もヴィオラも戻して蓋を閉じた。
「見ないアルか?」
「……いーやめんどくせぇ」
本当にめんどくせぇお方だ。 姉上のこと忘れてないくせに、忘れたふりか。女とつき合うのは皆へのカモフラージュか。(そうだそうだ、あいつは俺を抱くくせにいつも女好きだと噂されてるんだ)
「お迎えが来たアルよ」
「んあ?」
瞬間、盛大にピアノ室の扉が開いた。
「総悟!」
まるでヒーローの如く現れたのは土方さんで、走ってきたのか息は荒かった。
「早くいけアル、練習の邪魔ネ」
そしてまたジムノペティが聞こえる。 俺はケースを二つ抱えて部屋を出る。「じゃあな」と言って俺は戸を閉めた。
直後に聞こえたフォルツァンドがやけに耳についている。
アーモンド入りチョコレートのワルツ土沖
「30字以内なら言い訳聞いてあげまさァ」
「30字って少なすぎんだろオイ」
「オヤ、言い訳するつもりだったんですかィ?」
「………」
連れ出された俺はヴィオラを返して、どこにいくあてもないまま土方さんの後ろをついてった。途中確かに帰ろうかとも思ったのに結局ついてきてしまった。
「で、言い訳は?」
こんな時俺は自分がサディズムな性的趣向をもっていると認めざるを得ない。だけど一枚上手な彼には通用しなかった。
「好きだよ、総悟」
つぶやかれた言葉に唖然。今何つった?
「お前が好きだ」
「……気色悪ぃ冗談はよしてくだせぇ、」
そう、冗談はよしてくれ。だけど声が震えた。もうなんかせっかくの決意があっさり崩れた気がした。(面倒だ、と言い訳をして完全に姉上に譲り渡そうと思っていたのに)
土方さんは卑怯だ。
俺を勝手に惚れさせといて、なのに突き放して、諦めた頃に好きだと言うんだ。今まで抱かれたことはあっても好きだと言われた事なんてなかったのに。
「好きでいさせてくれ」
女とも付き合わないから、姉貴も忘れないから。
土方さんはそう言った。
姉上の死期が近いと知った時、俺は焦った。土方さんとなんとか幸せにと思ってた時、手紙を見つけた。それは姉上から土方さんへの手紙で、姉上も、自分の死が近いのを知ってた。(どんだけ怖かったんだろうね、よく耐えたね、)
盗み見た手紙の中身は俺をよろしくってことと、誰かと結婚して幸せにってことだった。あと、最後に、ヴィオラ
「…俺は一生片思いでいようとしたんですけどねェ」
土方さんは俺を見た。
「あんたがあんまり卑怯者だから、ちょっと苛めたくなりやした」
「…意味が分からん」
「好きでいたけりゃ好きでいりゃいいし、女と付き合わねえって言うなら勝手にしてりゃ良い。ただ俺が落ちるかはあんた次第でさァ。俺ァもうあんたに振り回されんのは疲れたんでィ」
そして沈黙。
「俺ァあんたが好きでさ…まぁ姉上とヴァイオリンの次にだけど」
「だから俺を抱きたきゃ抱けばいいし、好きだって言うなら言えばいい。だけど姉上の事を忘れたら俺はあんたを憎むし、嫌う。他の女と付き合うのは姉上への裏切りってことにしてやる…今回は姉上のヴィオラに免じて許してやらァ」
「………それは要するに女はてめーの姉貴でやめろって事か?」
「好きに考えてくだせぇ」
俺はくるりと踵を返して歩き始めた。
俺のメランコリックはまだこれからもずっと続くんだろうと考えたら、あんな薄情な男を好きになるんじゃなかったと思った。
(それでも好きなんだよなぁ)
私の憧れ 私の幻はよみがえる坂高 出会い
ピアノ、ヴァイオリン、トランペット、ギター、ホルン、ドラム…
全て一通りこなして、結局俺は打楽器にしたんだ。あの時選択を違えていたら俺は今何をしているだろう。世界を俺と俺以外に二分した日から、俺は酷くつまらない人間になった。
叩く叩く叩く叩く叩く
一片の狂いもない正確なリズムで叩く。人間メトロノーム、機械的人間、それでよかった。それがよかった。
大学は打楽器を専攻した。端から音楽で生きていくつもりはなかった俺はただ「普通」ラインに居て、成績優良者に与えられる学内オーケストラへの参加を目指すこともなく、ただなんとなく「楽しんで」いた。
桂と銀時は初めからトップで、天才とはこういう奴のことを言うのかと見ていた。そこに妬みはなく、純粋に音楽を愛する一人の人間として尊敬した。
『目の前に素晴らしいグランドピアノがあったらお前はどうする?』
トン、とそれに指を置くとそれは聖堂に飽和する。
調律が少し甘い気がして苛ついたがこんな俺にはおあつらえ向きだと座ってやった。
白白黒白黒白白黒
目に映る二色のコントラストが世界を狭めていく。大きく息を吸い、吐いた。
白黒に指を置く
六本の両指でフォルテ
ペダルをつけてなだらかに指を滑らせる。
黒白白黒白黒白黒白白
脳内であの人の指を追う。
細く繊細で少し桂に似たあの指を、俺はまだこんなにもはっきりと覚えているのだ。彼の指を追うように鍵盤を押すだけで音楽が奏でられる。
一心不乱に、弾いた
久しぶりに触れた鍵盤は重かったが、ただ弾いた。(早く、彼の音を忘れてしまわない内に早く)
指、白い指、強弱をつけて奏でる指、ペダル、細かく、スタッカート、流れていく旋律、指、フォルテシシモ!
シンとした空気が聖堂に響いた
目を瞑り、残響の余韻に浸ると、パチパチと拍手が聞こえた。片目を音のした方へ向けると至極近くに男がいた。
第一印象は「でかいな」だった。
俺は黙ったままそいつを見つめたが内心は「誰だ」という疑問で覆われていた。知らない男、この学校の人間か?
「すばらしかったぜよー!おんしピアノ科の誰か……んん?」
拍手をし、笑い続ける男が突然拍手と笑いを止め、立ち上がった。一体何なんだと訝しく見つめていると、男は至近距離まで間合いを詰めて俺の顔を覗き込んだ。
(なんだ?)
思ったと同時に左目を隠していた重ったるい髪をめくられた。
生まれて初めての出来事に焦った。
知っている桂や銀時でさえこの眼についての話題に触れないのに、男ときたら髪をまくり上げて傷まで見た。
無神経な男がいたものだ。しかしその異質さに逆に惹かれるものがあった。
「…おんし…高杉か?」
まじまじと俺を左目を見ていた男は俺の右目に視線を移した。
「…そーだけど…お前誰?」
「おお!やっぱり高杉か!わしはチェロをやっちょる坂本言うきに」
大きく笑った坂本のサングラスの下、その眼が笑っていた。
「おんしの事は金時からようきいとるぜよー!金時とはオケで一緒なんじゃが…ん?しかしおんしは打楽器じゃと聞いちょったが」
金時ではなく銀時なのだが、なにかこの男の大ざっぱそうな雰囲気に別に良いかと思ってしまい、特に訂正をする事もなかった。
「俺ぁ打楽器専攻だ」
「しかし今弾いちょったのは」
「昔一通りかじったからな」
「ほうほう」
男は嬉しそうに笑ったが、何がそんなに面白いのかわからない。しかし普通のヤツとは違うと、それが第二印象。
「もう一曲聞かせてくれんか?」
「…んな弾けねえよ」
にこにこにこにこ細んでいた眼が薄く開いたのを俺は、見た。
「できん訳ないじゃろ?」
笑い声が急に真剣な声に変わり、低いそれが俺の鼓膜を揺らした。ぞくりとした。
「………」
俺はもう一度座り直した。
「………下手で、わりぃけど」
白白黒白黒白白黒白黒
左、アルペジオ
右、オクターブ
ヘ長調、コードC-D-C
誰かに聴いて欲しいなんて思ったのは初めてだ。こんな稚拙な技巧を晒すくらいなら、俺はドラムを叩いた方がよかったかと、一瞬の後悔だった。
しかしその後は白黒の鍵盤と、あの人の指を追うばかりで何も分からなくなった。
ああ、矢張りこの音色は好きだ。
(それでもあの日、あの人の指はさようならを撫でたのだ。)
運命の分岐点に立たされたことも知らぬまま、俺はただ、弾く。
耳に残るは君の歌銀桂と土方
ビブラートをかけながら歌う奴が、いま目の前にいるのだが。
(へったくそ)
何で俺こんな奴の伴奏してんだ?
***
歌の上手い奴は五万と居るがオペラ独特の声はなかなか出せない。
オペラはオペラ、ポップスはポップスだ。まぁ、どうせ伴奏するならオペラの下手な奴よりポップスの上手い奴がいい。
というか歌が最高に上手い奴。でもまだそんな奴に出会ったことはない。
「はーあ………つまんねェ」
「何がだ?」
「うおっ!」
真後ろから桂の声、突然すぎて驚いた。
「伴奏お疲れ…だがあれほど適当に弾くと講師らに気付かれてしまうぞ」
いつみてもサラッサラの髪は今日もサラサラだ。
「微妙な違いがわかんのはおめーら位だからいいの」
それもそうかと桂は言った。端正な横顔に笑みがこぼれたのを俺は見逃さなかった。(かわいいなチクショウ!)
「で、」
「…で?」
「何がツマラナイのだ?」
一歩前を歩くサラッサラの髪が風に舞った。
「ああ、それ?………んー…歌が上手い奴ってなかなかいねぇもんだと思ってな…」
溜め息。
「お前の耳が肥えているだけだろう」
「そーお?」
「あ、」
ヅラは何かを思い出した子供のように振り向いた。
「お前好みの面白い奴を知ってるぞ?」
あれよあれよと言う間に…っていう表現をこの身で体験することになろうとは。だっていつの間にか安っぽいライブハウスに連れて来られてたり。あれ、なんでこんなことに?
「…ヅラってクラシック以外も聞くのか…」
真面目でお堅いクールビューティーは、見た目や性格からしても『クラシック以外は邪道だ』なんて言いそうなものなのに連れて来られたのは素人ライブハウス。
ヅラはちゃんと隣にいますが特にノリ気もない様子で壁際にいます俺達。いやほんとなんでここにきたの、ねぇ?
…爆音だ。
なんかとりあえずベースやらギターやらミスが多すぎる!わざとか!?わざとなのかあれは!?そして歌!あれはもう歌じゃない断末魔だ。正しい日本語を話せなさそうな男がノリノリで英語らしき歌詞を連ねているが、はっきり言って英語ではない。なんだこの世界。
「ちょっ、ヅラ!何これ!」
「ヅラじゃない桂だ!まあ待て、次だ」
「次?」
気付けば音は止まっていて、フロアは妙にざわついていた。心なしか人が増えているような気もする。皆ステージに釘付けで、俺は頭に疑問符を浮かべるばかり。
「…なぁ、かつ…」
ら、は歓声(というより悲鳴)にかき消された。ソプラノ真っ青の悲鳴を出して女達が叫んでいた。熱い視線の先はステージで、その上には見知った顔がいた。
「あ、れ……、高杉!?」
思いがけず出してしまった大声に数人の女子が振り向いた。俺は酸素を求める鯉の如く口をあけたまま高杉を見た。彼は俺に気付いたが(おそらくはこの派手な髪の所為だ)あっさり無視し、桂にだけ軽く手を上げにやりと笑った。
「…反抗期かっ…!」
「晋も照れているだけさ」
「そうは見えなかったぞ…」
明らかに無視されたんだけど。
「面白い奴って…まさかアレ?」
「否、晋ではなくて…ああ、」
ほらあれだ。と言う桂の声は口パクにしか聞こえなかった。高杉の時と同じ様に黄色い声が飛んだ。
真っ黒な彼はそこに立っていた。やる気は無いようにも見えた。
ただ切れ長の瞳が俺を見据えた
気がした。
「…うちの学校のヴィオラの土方だ」
(マイクチェックを始めている、雑音が少し耳に入った)
「…土方?」
多串くんじゃないの………?ああ、正しい名前は土方っていうのか。
?
彼が歌うの?
「……上手いのか、歌」
「さあ?それはお前の好みによるが、」
高杉のドラムが聞こえた。
「俺には衝撃的だった」
音が弾けた。
哀しげなC
minorの筈なのに、激しい。何故?
"Beobachten Sie mich.L ieben Sie mich."
"Necken Sie es zum Tod, ob ich es machen kann."
"Sterben wir vor
Liebe."
「、うま…」
発音完璧で、音外れてないし。バックもすげぇけど、何が凄いって、ほんと、あれ。
「誰、あれ」
俺の知らない彼がいた。
"Brechen
Sie es bitte, Geben Sie bitte Moral auf!"
"Lieben Sie nur mich!"
"Ich
werde den Alptraum ansehen, aus dem ich nicht
zusammenkomme."
誰だよ。ドイツ語が世界で一番汚く聞こえる言葉とか言ってたのは…めちゃくちゃ綺麗じゃねえか。
「ヤベェ、」
鼓動が早い。
俺を見て 俺を愛して
君が出来るなら
嬲り殺してくれよ
愛で死にたいから
心なんて壊して
モラルなんて捨てて
俺だけ愛して(周りなんて見ないで)
ほら、覚めない悪夢を見よう
トロイメライ銀桂
「うー…ヅラァ、酔ったぁぁぁ」
「ヅラじゃない、桂だ…あんな飲むからだ馬鹿」
「馬鹿じゃない…銀さんだ…」
「欲しいものあるか」
「音…ピアノ、ヅラのピアノ」
朦朧とした意識の中で、水でもなく、寝るでもなく、彼は音と言った。
青い顔で、それでも俺にピアノを強請る大きな子供はぼんやりと天井を見ていた。
「高い音のキレーな曲…静かで流れる感じのゆっくりなヤツならなんでもいい…うぇ」
なんでもいいという割に注文は多く、吐きそうなくせに無理をして言ってくる馬鹿なヤツ。しかしそんな馬鹿に弱い俺は汲んだ水をテーブルに置いてすぐにピアノの元へと急いだ。
弾くのは水、静かな水面と、ミルククラウンの水滴、雪の結晶、それからキラキラ光るダイヤモンドダスト。流れるように去る情景。よく先生が弾いていた曲だ。題名は知らないが、俺はこの曲が一番好きだった。音がどこまでもキラキラしていて、綺麗だから。
銀時はもう寝てしまっただろうか?いつの間にか苦しげな唸り声が止んでいる。しかし横たわる彼をちらと見て、俺が間違っていたとわかった。
彼はソファーに沈み込み右腕で顔を覆っていかにも寝ているように見えたが、微かに左指が動いていた。夢でヴァイオリンを弾いているには妙にしっかりとした指つきだった。
(俺に気を使ってか?かわいい奴だ)
まだピアノは止められそうにない。
青空をしとねに高校生 土方と山崎
ソイツとの出会いはある意味衝撃的だった。
放課後だ。俺は屋上にいた。そこでヴィオラの練習をするのが日課だった俺はその日も屋上にいた。だが違ったのは先客が居たことだ。
別に普段だって人が居たりするし、たまには鉢合わせた同じ音楽科の奴と二重奏なんかしたりもする。それでも俺がそれを衝撃的だと思ったのは、屋上に繋がる階段から伸びる電気コードの先に居たのが人間だった事にある。
「…誰」
俺の第一声がそれだった。
てっきり、屋上で何か工事でもしているんじゃないかと思っていたのに。コードの先にあるのは見慣れない機械。そこに立つ、人間。
逆光で顔は見えないが、同じ学年の奴ではなさそうだ。
そいつは俺に気付いてペコリと頭を下げたが、声は出さなかった。
夕日が眩しくてよく見えなかったがそいつが機械のスイッチらしきものを入れると、キンと耳に電磁波的なものを感じた。
(なんなんだ?)
俺は扉の前で呆然と突っ立ったまま。
ふいに、彼がそれに手を伸ばす。
ふぃん
不思議な音が聞こえた。
そして、ほんの少し手を動かす。
ふぃん
またその音がした。
俺の足は無意識に進んでいた。
ふよふよと不思議な音が流れている。きちんとメロディーになっているそれはショパンの夜想曲。
「なぁ」
俺は思わず声をかけた。演奏中だったにもかかわらず声をかけてしまった。
「はい?」
そいつは手を止めて俺をみたが、俺は下を見た。履いているスリッパを見るためだ。俺の学校では学年別にスリッパから校章まで色々なものが色分けされている。
「お前、1年?」
「あっ、すいません…使いますかこの場所、すぐにどきますんでっ」
「いや、退かなくていい」
「はぁ」
「…これなんていうの」
俺は目の前(というか斜め下)にあるものを指差して聞いた。
「テルミンです」
「テルミン?」
名前は聞いたことがあった。たしか世界最古の電子楽器だ。それはしっていたが見るのは初めてだ。
「あの……?」
訝しげな視線を感じて、俺はそいつの顔を見た。やっぱり逆光で暗かったが、近くにいるだけ顔ははっきりと見えた。
「お前、名前は?」
「ヤマザキです。ヤマザキ、サガル」
「音楽科?」
「いえっ、普通科です」
珍しいと思った。普通科の奴がこんなマイナーな楽器をやっているなんて、と。趣味か?いや、趣味で学校にまでこんな機械持ってくるか普通。というか持ってきたのかこれ。
「先輩?」
「お前これ家から持ってきたのか?」
「学校にあったの借りてきたんです。音楽科の先生に聞いたらテルミンなんてやるの俺くらいだから良いって言われたんで」
なるほど。
「上手いのか?」
「下手ですよ」
ヤマザキは苦笑した。
「ちょっと俺とセッションしねえか?主旋律ひいてくれりゃ良いし」
ヴィオラを取り出してみせるとヤマザキは「あ、」と驚いたような顔をした。
「?」
「いつも聞こえるなぁと思ってたら先輩だったんですか」
「まあな」
「いいですよ、あわせましょうか」
よし、決まりだ。
その時の俺はもう彼の音楽を聞きたくて聞きたくてしょうがなかったようだ。どうしてだかはしらないが彼のテルミンは俺のヴィオラにぴったりだと思ったのだ。
「あの、その前にいいですか?」
うぃん、と、彼がそれに手をかざしながら俺に問いかけた。
「何?」
「先輩の名前教えてくれませんか?」
「あ」
あなたの優しいまなざしに土沖
指先から消えていく音を聞いて、男は目を開けた。
残るは3日か、と白黒のカレンダーを確かめ一息。彼は再びベッドへと沈んだ。ギシリ、スプリングが軋む。
(もうすぐ来るかな)
ふと男は考えた。
(あいつはきっと、全て知っている)
聡い子に生まれてきたその相手を思いまた息を吐く。キュウと心臓のあたりが締められて、男は焦燥感のようなものを感じる。
それは相手に対する詫びる気持ちだったのだろうか。わからないまま、堅く目をつむった。
と、そこで玄関のチャイムが鳴った。男は渋々目を開けると、1度目のチャイムを無視して、携帯を開いた。そこにあったのは見慣れた名前の不在着信が三件。その人物は今まさに玄関の前に居るのだろう。男はまた憂鬱になった。
無作法に玄関が開く。男が開けた訳ではない。勝手に開いた。
男の部屋にチェーンはない。数日前に器用にもチェーンを壊し、合鍵を作り上げた人間が居るからだ。そんな器用な人間はストーカーでも泥棒でも何でもない。それは、男の幼なじみだった。
「土方さんおはようございまさ」
癖のある口調で話し掛けつつその人物はズカズカと部屋に入ってきた。
土方と呼ばれた部屋の住人は寝た振りを決め込んだのかベッドの上から動かない。
「土方さん?」
部屋へと入ってきた人物は見事な麻色の髪をした少年で、少し人懐っこそうな顔立ちで土方を見下ろしていた。土方は起きない。気付いてはいたが、起きるタイミングもわからず起きれず終いという状況だった。
そんな男を察したのか、少年は土方の眠るベッドの脇に座り込むと、そのまま黙った。
指先から消えていく音。握りしめることも出来ない左手。男は絶望し、少年は沈黙する。
「…土方さん」
少年は小さく小さく名前を男の呼んだ。小さすぎた声が男に聞こえていたかはわからない。
「俺に、何が出来ますかィ」
少年の声は泣いているようにも聞こえ、土方はすこし目を開けた。
少年の伏せられた瞳が潤んで、睫がキラキラと光っていた。土方はまた締め付けられるような想いがした。もしかしたら自分は何も語らないことで少年を傷つけているのかもしれない、と。
「総悟」
気付くと、土方は少年に声をかけていた。少年は弾かれたように顔を上げ、土方を見た。
ああ、そうだ寝たふりをしていたな、と土方は少年が驚いた理由を勝手に自己解釈して、身体を起き上がらせた。
「ひ…じかたさ…」
「総悟」
土方は本当に泣いている少年の頭を撫でてやりたいという衝動に駆られる。しかし、それはやめた。
「手ぇ握っててくれ」
本当は弱いところなんて見せたくないんだが。とも思ったが、土方はそう言った。
その、土方が差し出した左手を、沖田は優しく握った。いつも減らず口をたたく少年がとても素直で、消えた音の代償かもしれないな、と土方は苦笑する。暖かさが肌と肌に感じる。
「土方さん」
「ん?」
「またヴィオラ弾ける?」
そして土方は気付く。少年は知っていたと。否、当たり前とも言おうか。実はずっと前から少年は男の指が動かなくなっていることを知っていた。
「…リハビリもあるから何とも言えねーが」
男は焦燥した顔を引き締めた。
「ぜってー弾いてやるから、またデュオでもトリオでも組もうな」
ありったけの優しさを込めた言葉が、少年をまた泣かした。
「俺、あんた嫌い…いっつも俺に何も教えてくれねーあんたなんか…キライだ…」
「、」
何を言おう。と土方は戸惑った。謝罪する場面なのか、茶化す場面なのか、わからなかった。
だから彼は、力の入らなくなった指をゆっくりと絡め、言った。
「今度はちゃんと教えるから。…約束してやる」
小指に触れた熱が約束を告げていた。
「土方さんなんて…大嫌い、だ」
少年は小さく笑った。
左手の病気になった土方
手術まであと3日