「好きだ」
呟いたのは俺だ。
この言葉が、友情のそれでなければいい。もっと違う、甘さと惰性を含んだ言葉であれば。何度か繰り返すそれは緩やかな愛を含んでいた。銀時は無表情のまま顔を横に逸らした。布団の上で横になった彼のその瞳はどんな色をしていたのだろうか。
「なあ」
彼が俺に問う。
「攘夷か俺、どっちか選んでっていったらどうする?」
ひどい質問だと思う。
「どちらを選んでもお前は傷つくんだろう?」
俺が攘夷を選んでもお前を選んでも、お前はひどく傷つくのだろう。選びにくい二つを俺に選ばせて、“お前を好きな俺”を突き放したい気持ちがばればれだ。
「俺は選んでくれないの?」
少し弱々しい声を出して彼は言った。その声は笑っていたようにも思う。
「選んで欲しいのか?」
その質問に彼は答えることはなかった。かわりにこちらに寝返りを打って、俺の手を握った。
「選んでって言える程の関係でもないだろ」
平然を装っていたのだろうがその声はふてくされたようなそれそのものだった。
「いつか時がきたら選んでやろう」
俺がそう言うと、彼はもう一段と強く手を握った。そのいつかはいつだと聞かれなくてよかったと思う。
(いつお前を選べる日が来るのか俺にもわからない)
「お前が協力してくれたらすぐなのに」
「それは無理」
右手、左手、選択
その恋は冷たさを知らない逆3Z
授業時間というのは休み時間の騒がしさはどこへ行ったのかと恐ろしくなるほど静かだ。昼休み前の授業は静かさが余計に現れる気がする。
一階の端部屋をひとりで使う自分にとって休み時間の騒がしさは好きなものだった。確かに静かな時間も好きだが、こんな夏の日は焦燥感を感じてならないから好きではない。白いカーテンが大きく舞って、少し湿度の高い風が吹き込んでくる。湿度と暑さで首に張り付く髪を結うか結わないか迷いながら、それよりもクーラーを入れるべきかと考えていた時だった。
「せーんせ」
窓の外から若い声。声のした方を見るとそこには首だけ窓枠に乗せた銀時がいた。
「何をしているんだ、今は授業中だろう」
「今たいくの授業なんで」
ここで俺は「だから?」と聞き返すべきだったのかもしれない。けれど話が通じあわないのはいつものことだったから、俺はまあ良いかとひとつため息を吐いてその窓に近付いた。
「体育は何をやってるんだ?」
「バスケ。今他のチームが試合してっから」
聞きながら、うちのクラスの体育の担当教師はだれだったろうかと考えていると、体育館から叫ぶような声が聞こえた。ああ、近藤だったか、ならまあいいかきっと銀時が居なくなっても気付かないだろうから、と勝手に納得をする。
「入るか?」
「クーラー入ってないからいい」
こんな暑い中バスケだなんて不憫だと思って部屋に誘ってみたが、断われてしまった。確かに涼しくなければ意味がない。
「それよりさ、アイスない?」
しかし彼は間髪入れずににっと笑って訪ねてきた。それが目当てか、と聞くと彼は全く悪びれた様子なくうん、と笑った。
「昼休みに来たらやらんこともないが…」
「せんせー、それ誘ってる?」
流石に今は授業中だからと思って言ったことは彼に全く違う解釈で捉えられてしまった。にやにやと笑う彼の額を小突いてやると、結わずにいたままの髪を引っ張られた。
「いっ……」
窓枠に乗り出してしまい、下手したら窓下に落ちるんじゃないかと思った。けれどその瞬間に彼の手が肩と頬に触れていた。
唇が触れあうまでほんの三センチの超至近距離で、彼は笑う。
「じゃあまた昼休みに」
一瞬唇が触れ合って、それから数秒、ぐ、と深く口付けられた。
「今はこれで我慢しとく」
するりと離れた唇に少し名残惜しさを感じる。彼はさっと踵をかえすと、手を振りながら体育館の方へと駆け出した。
(ああ、頬が熱い)
(そして冷房を入れる自分)
時にお前が泣くとしたら音大パロ
冬は大嫌いだ。寒さで指が上手く動かなくなる。
冷え性だと言い訳したくないけれど、どこまでも冷たいこの指を冷たい鍵盤に手に置くことさえ躊躇う。だから冬は嫌いだ。もっと言うと、雪が降っているときが一番嫌いだ。
一番の理由は、彼が見えなくなるからだ。
彼は白い。髪も、肌も、全てが、白い。
心が白いのは多少言い過ぎかとも思うけれど、その指先から流れる旋律は確かに白く綺麗だ。
白のメロディは、氷のように冷たく鳴り、雪のように深く染みる。時には暖かなメロディを奏でるが、俺は冷たいそれが好きだった。
グランドピアノの前に座った俺は、ぼんやりと白黒の鍵盤を見つめる。
「もう一回聞かせてくれないか?」と言うか言うまいかふと躊躇う。
その時、キュィと弓が弦を擦る音がした。顔を上げると無表情の彼がチューニングをしている。
「弾いて欲しいって顔に出すぎなんだよバーカ」
その声すらぼやけるのは、彼が言葉と同時に弦を弾いたからだ。好きな人の声よりその人が奏でる音の方が良く聞こえるだなんて、俺の耳は何とも不都合に出来ているらしい。
「なにが良い?」
「冷たいのを」
「また訳わかんねぇ注文だな、そりゃ」
そんなことを言いながらも、いそいそと演奏の準備をする彼はどこか楽しそうだ。
彼がちらりとこちらを見て、弓を振りあげる。その癖ももう覚えてしまった。
Dから始まるその曲は、どこかで聞いたことがあるような気がした。(気のせいかもしれない)
在る人は言った「彼の音は、どうしてこんなにも天国に近いのか」と。
そんな彼の奏でるヴァイオリンソナタを耳に焼き付けようと目を瞑った。多分、泣きそうな気分をごまかしたかったのだ。
ああ、いつだって彼は俺にあまくて、それが悲しいくらいにすきなのだ。
(一生離れられなかったらどうしようかと思うほどに)
運命の人3Z
夏は、陽が長くて良い。
なぜっていつまでも君の顔が見ていられるから。だけどもまぁ、そんな恥ずかしい台詞を君に直接言える訳はない。
ただ、原付の後ろに乗せた君の汗を感じながら、来年もこうして君を乗せて走れるのかと考えてしまうと、少しだけアクセルをゆるめたくなる。
(少しでも長く、君と)
「せんせい!」
それに気付いてか気付かずか、いや、きっと君は気付いてなどいないのだろう。原付の音に負けないように声をあげた桂は、片手でヘルメットを押さえながら叫んだ。
「おー?」
俺も負けじと大声で答えると、桂は腰に回していた手の力を少しだけ強くして、また同じように声をあげた。
「おれ、来週、合格発表なんですよ!」
「そうだったかー」
「だから、先生!俺が合格してたら旅行いきませんか!?」
「旅行?」
目の前の信号が黄色から赤にかわって、あ、と思ってブレーキを握った。キッと小さな音がして一瞬だけがくんと前のめりになる衝撃をうけ、背中にゴツン、とヘルメットが当たった。
大丈夫か?と首を回すと、はい、と照れたように笑い、すぐに話を戻した。
「やっぱり忙しいですよね」
「いや、その前に受験生が旅行に行く余裕あんの?」
「受かってたらです」
信号が青に変わった。ふたり分の体重を乗せた小さな原付を動かすために、おもいきりハンドルを回した。
「いーよ、どこいこう?」
「海とか、山とか、温泉とか!」
「あー…温泉がいいなー」
海も山も暑いし、どうせなら癒しが欲しいなぁ。と呟くと、じゃあ泊まりでまったりですね!と意気込んだ声が聞こえた。
風の音で一瞬聞き間違えたのかと思って、また問い返す。
「えっ、泊まりなの?」
「泊まりじゃない温泉旅行なんてありですか?」
「いや、だって、ねえ?」
知ってる?そこで俺が手を出したら犯罪者になるのって俺だけなんだよ?と返せば、
「ばれなきゃいいんですよ、ばれなきゃ」
と、イインチョウらしからぬ言葉。まあそうでなきゃ彼らしくないが。
「誰にもバレないとこまで行きましょうよ」
「いいね、駆け落ちか」
言って、握っていたアクセルを思いきり回してやった。原付はけたたましい音を立てて少しだけスピードをあげた。このままふたり駆け落ちも悪くない、と思ってみたり。
「先生!」
「はい桂くん、質問は手をあげなさい」
「無理です!」
あはは!珍しくと大きく笑う桂が、また一層声を上げた。
「ほんとにこのまま、駆け落ちしませんか?」
「本気なら、付き合うよ」
「今日勝負下着じゃないんですけどそれでもよければ」
笑いながら、桂は続けた。
「ハネムーンは熱海で決定ですね」
「ばーか」
こちらからは手が出せないし、だからと言って手放すことなどできない、この恋は青春と同じで酷く不安定だ。
「あれ?曲がらないんですか?」
「せっかくだから海まで!」
叫んで、赤に換わりそうな信号をまっすぐに突っ切った。
(今はまだもう少し、子供のように恋をしようか)
あやさんリクエスト 3Z銀八桂
bgm スピッツ/運命の人
ジレンマ
なぁ、座っても良いか?そう聞いてきたのは銀時だった。俺は「良いぞ」と、答えて隣をあけた。その大きな木陰は丘の上にあって、普段から休憩場所になっていた。俺はそこから夕陽が沈んでいくのを見るのが好きで、その日も変わらず、夕陽を見ていた。
赤い夕陽に伸びる影が、柔らかく二人を照らしていた。その時点で空気が甘く色付いていたのに気付いていた。人を斬った後は身体が熱くてしょうがないと互いに漏らしていたけれど、そんな乱暴な気分ではなかった。
夕陽がどぷんと落ちる頃、どちらともなく指先が触れ合った。それからは、ただ、流された。そっと肩が触れて、視線が交わった。瞳の中にははっきりと俺が写っていた。怖いほどに引きこまれそうな紅色の瞳が、俺を見ていた。
どちらから近付いたかわからなかったけれど、気付くと唇が触れていた。その口付けは長く深く、まるで恋人達のそれのようで、淡い期待が俺を駆り立てた。
こんなチャンスは今しかないのだと、頭の中で叫んでいた。けれど、嬉しさと、恥ずかしさと、不安と、緊張とで、気を抜いたら崩れ落ちそうなほどに腕の筋肉はわなないていたし、指先は震えていた。それでも全ての神経を唇に集中させ、少し大胆に舌を絡ませるようなキスをした。
(今なら
好きだと言えそうだ)
そう思って、音をたてて唇を離した後、再び見つめあった。もしかしたら、もしかして。彼も俺を好きなのでは、と勝手なことを思った。
(それが本当に勝手だったと、すぐに知ることになろうとは)
じっと見つめあって、それから。
「…悪ィ……」
銀時はそう言って目を反らした。その行動に、心臓が嫌な風に跳ねた。俺が問い返す前に彼はもう一言、告げた。俺はショックの為かその言葉をはっきり覚えていないが、確かに(恋愛感情で好きでは無い)と言われた。
そんなことはわかっている、互いに流されただけだ、そう言おうとしたけれど、声が震えてしまって、言えなかった。
期待などはなからしていなかったのだと言い訳をする自分は滑稽で醜い。
*
夏の海は人を輝かせて見せる、冬のゲレンデも同じこと。人間はそういった特殊な場所で一時的に燃え上がった熱を恋愛感情にすり替えるのが得意らしい。けれど器用ではないからそういう出会いでは長続きしない。
戦場でも似たような熱があった。だから男同士で交わることも必然だった。あの日だって、そう、桂と口付けを交わした日だって、続きは出来た筈だ。むしろ、したかった。けれど臆病な俺は逃げたのだ。
(桂の想いが一時的なものなのかも知れないと不安になった)(好きだという気持ちを隠して口付けをした、多分、あれが罪だった)
好きだった、だから大切にしたかった。
「そんなのが通用するのは純な子供だけだ」ともう一人の幼馴染みは笑ったが、俺はただ、純粋に彼を愛したかったのだ。
俺が戦場にいられないとわかって、離脱した時も、桂を想った。再会はあると自分に言い聞かせながらも、もしもこのまま会えなかったら、その時は、もう誰も愛さないままでいようかと思っていた。
しかし、再会は、突然に。
何故声をかけてきたのかと問いたくて、それでも素直になどなれず、悪態をついた。昔のように接することの出来る嬉しさと言ったら、言葉に出来ない程だった。
けれど、触れられない事には変わりがない。俺は一体何度その黒髪を引くのを諦めただろう。
俺達はいつの間にか子供とは呼べない年齢になって、戦場での常識を持ち出すような非常識な人間でもなくなった。
(だから、余計に、言えない)
あの時の口付けをなぞるように唇を撫でては、繰り返す。
*
『捨てた筈の感情』だなんて割りきれはしない。何故なら、感情は全て自分のもので、自分の感覚で、自身の過去だから。
過去を捨てられないと言う点で言うのならば、銀時もまた過去に囚われてしまった人間だ。
手に触れる、その感情の意味を知ったのは再会してからで、(いったい俺は今まで何を見て生きてきたのだ)と思うほどにはっきりとしたそれに、悲しくなってみたり。
(そう、彼は、俺を好きである)
(自惚れていい位には、きっと)
だから今日も俺達は日常を繰り返す。
一時の感情の昂りであれ、触れられた事実を一生分、あの時の絶望と同様に抱いて。
楓さんリクエスト
銀桂シリアス~切ない感じ
bgm ジレンマ
ポロメリア幼少→攘夷時代 桂視点
丘の上で僕を見下ろす顔は、夕日の逆光で見えた例(ためし)がない。
怒っているのか苛ついているのか、少なくとも良い感情ではないだろうが、僕を呼ぶその声には毎度毎度、気迫があった。あの顔は今でも思い出せない。せめて距離が近かったなら。もしくは、僕がもっと心を開いていれば。
柔らかな躑躅(つつじ)の花をぷつりと摘んで、中の雄しべと雌しべを取り出しては、その尻から甘い蜜を吸って。その行為が僕らの空腹を満たすわけではなかったけれど、僕はその甘さに牽かれていたのだろう。彼と甘い蜜の味を交わしあえば、いつだって髪をといてくれた。
暖かくて優しい思い出は、花のように萎れるものだと、僕は歳をとってからしみじみと言うのだろうか。今の僕の世界はこんなにも色鮮やかだというのに。
「あまい」
「……あじなんてあるの?」
キスに、と彼は付け足し、親指で僕の唇を拭った。
「うん、あまい」
蜜の味なのか、彼の好きな砂糖の味なのか、それとも僕の思い上がりだろうか。
「もっかい、いい?」
問われた僕は頷いて、彼の趣味唇の形を覚えて目を閉じた。
甘い味がした。
躑躅の味だったのかはわからない。
「お日様のにおいがする」
唇を離した彼は僕をゆっくりと抱き締めた。陽のにおいがすると彼は言ったが、僕は雨のにおいを感じていた。
(過去とは美しく現在とは辛いもの)
僕らの躑躅ヶ丘は真っ赤に燃えた。
僕らの大切な人の家から庭まで焼き尽くした熱い火が飛んで、一山、焼いてしまったのだ。
躑躅ヶ丘は無くなった。
僕らの密事はあの整った躑躅の垣根の中だけでの事で、あの丘が無くなってからは、意味を込めた指先も、長く甘い口付けも、何もかも無くなって、僕らは血を浴びて、流して、大人になった。
あの頃の仄かな甘さなど、もう思い出せはしない。
( ぎんとき )
名前を呼ぶことさえ躊躇われ、けれど僕が呼んでやらなければいけない。僕は遠くで呆ける彼を呼びながら、空に腕を伸ばし、太陽を遮った。緑の焼けた臭いを感じながら、僕はゆっくり刀についた血を拭った。僕は刀を持つ。その為の覚悟と精神力を僕はもっていたのだが、その行為は命を拭うようで好きではなかった。
「ヅラァ」
陽の匂いが火の臭いに変わり、僕は振り返る。
「ヅラじゃない…」
振り返った先には、白い花を吸う彼の姿があった。ふわりと緑の香りがしたような気がして、僕は一歩近付いた。
「甘いか?」
「んー?わかんね」
焼けた林と土の臭いが強い。
「どれ…」
僕は空を仰いでいた手を彼に伸ばして肩を引き寄せた。ゆっくりと近付く顔に花の匂い。反対の手で彼の唇に挟まれた花を取って、捨てた。白い花に、薄い唇、鉄と火と焦げた香り、僕は堪らず目を閉じた。
(口付けは甘い、蜜の味)
目蓋の裏には躑躅の丘が見えた。流石に、緑と太陽の香りはしなかった。
僕はいっそう強く目を閉じる。
「甘い」
「そうか?」
「……ああ」
僕は泣いていたのかもしれない。数年振りに口付けた彼の唇に蜜の甘さなどなかった。
僕たちは大きくなって、蜜の味さえ忘れてしまった。
変わりに鉄の香りのするいのちの味を知ってしまった。
いのちの味に乗せた想いに、気付くように、気付かないように、僕たちはもう一度口付た。
ペコさんリクエスト
bgm cocco/ポロメリア
マリオネット3Z
壊れたレコードから流れるジャズが僕と彼を繋ぐ唯一で、もしレコードの針が折れたり、音が完全に止まったりしてしまったら、多分僕たちは終わるんだろうと漠然と考えていた頃があった。
結果的に言ってそれは稀有だったのだけれど、今でも音楽が止まる度、何かが死んだように感じて苦しくなる。
とにもかくにも、その音楽の鳴り止まない部屋の中で僕と先生は二人で居た。いや、二人以上いたら困るのだ。けれどそこは先生のプライベートな部屋ではなくて、どちらかというと誰でもどうぞお気軽にお尋ねくださいという部屋だから、僕としてはとても寂しかったし、妬ましくもあった。
けれど音を小さくして鍵をかけてしまえば、そこは魔法の部屋にだってなれた。
「ねぇせんせい」と僕が呼ぶと、面倒くさそうに「なーに」と返ってくる。それを何回か繰り返して、愛を囁くのが僕らの日時だった。
「前時代的ですよレコードなんて」
「懐古主義だって言った方が詩的だと思うよ」
「別に文学的観点で言った訳じゃあないですよ、ただ」
「ただ?」
「ずっと同じ曲聞いてるじゃないですか」
「だってこれしかないもん」
良い大人が拗ねた子供のように、レコードのケースを取り出してまじまじと見つめていた。焼けて黄色くなったジャケットには、木の操り人形と絡まった赤い糸が描かれている。
「買わないんですか?」
「うん、そうだね」
上の空と言うか、適当というか。それはあまり心の籠った返事ではなかった。
「せんせい」
「はい、なんですか」
「好きです」
「ありがとう」
その声は心がこもっていない訳じゃない。だからそっと近付いて、彼の後ろに立った。首に腕を絡めて、抱きついた。
「キスして」
おねだりをしたのは僕でなく彼だ。
(いつだってそう、僕は彼だけのもの)
やっぱりなんか子供っぽいと思いながら、僕は顔を上げてきた彼の頬にキスをした。
「くーちーにー」
「どこのワガママな子供ですか」
「悦楽主義なんだよ」
すっと眼鏡を外した彼は視力のせいか少し目を細める。ふと垣間見せた幼さとのギャップに、いつも戸惑ってしまう。何故って僕はその仕草にとても弱い。
(レコードの針はやっぱり引っかかってプツプツと音を立てていたけれど僕は彼にキスをした。)
(赤い糸に絡まったマリオネットだけが僕達を見ていたのだ)
もっふるさんリクエスト
bgm ROLLYと絶望少女達/マリオネット
僕等バラ色の日々桂視点 幼少→攘夷→現代
『死んだら星になるんだよ』とか『ずっと見守ってくれてるよ』とか。
大人ってなんて狡いんだろう、と僕は思う。
だって僕は星が何億光年も先にあるもので、僕たちの目には何億光年も前の光が見えているだけだって知っていたし、幽霊ってやつは見えない人間には無にも同然だってことも知っていた。
だけど大人はずる賢さを覚えた人間だから、僕たちにこっそりと(まるで秘め事であるかのように)死んだ人は星になると言って諭すのだ。
だけど、まあ、物分かりの良い子供の振りをして『そうなんだ』と、少し哀しげな笑顔を作る僕が、一番狡い人間だと思う。
だってそうだろ?
僕は馬鹿な振りをして、大人たちに媚を売っている。だって子供は弱くあれば弱くあるだけ、守ってもらえる。だからって馬鹿ばっかやるなんてことはしない。だってそんなの本当の馬鹿だ。僕は賢く馬鹿であることを選んだ。多分これがずる賢いということなんだろうけれど。(結局は僕もこんな大人になるのだ、と。見上げた先にある女の顔を見て、嫌気がさした)
だけど『死んだら星になる』だなんていう答えをが欲しかったわけではない僕は、一体誰から答えをもらえば良いんだろう。
大人に聞く気はしなかった。
「死んだら、どうなるかな?」
「死んだら…」
僕の問いかけに(珍しく)答えた彼は、銀色の髪をキラキラとさせて、長刀を抱えたまま視線だけこちらをむいた。
「死んだらなんもなくなる」
「なにも?例えば何が?」
「意識も肉体も骨も思想も名前も、何もかも」
「星にはならないのか?」
「星になってどうすんの?」
ああ、確かに星になって一体なにがしたいのだろうか。だって俺は死んだって星になろうなんて思わない。
「お前は死体を見たことある?」
「ある」
だってつい先日、義父が死んだ。
「燃やした?」
「土葬だ」
「ああ、そうね」
僕がぼやっと答えると、彼も微妙に、曖昧に、返事を返してきた。
「お前は見たこと、あるか?」
その頃の僕は彼の生い立ちを知らず、酷く無神経な質問をした。まあもし彼の生い立ちを知っていたとしても僕は同じ事を同じように聞いただろうが。
「ある、だから知ってる。死んでも人は星にならない」
「うん」
それは僕からしたら満足の得られる解答だった。言葉を濁す大人よりも、子供は残酷で直球だけれど、その直球さは正義だと思っていた。
*
直球さが正義なら、その正義を誤魔化す僕たちは悪か。
僕はだいぶん大きくなって、人が亡くなると星になると言う大人の言い分もわかるくらいの人間になった。
誰もが誰も、死んだ人間が星になるだなんて信じちゃいない。だけどそうやって(幼子に、自分に)言い聞かせることで、悲しみを誤魔化しているのだ。
それはわかった。だから僕も星がどうこうと掘り返すのをやめた。けれど子供は残酷だ。僕に話しかけてきた少女は、昔の僕のように賢い馬鹿だった。
『ねぇ、お侍さん、死んだ人も、死んだ怪物(少女は天人を怪物と言った)も、みんなおんなじ空のお星さまになるの?』
少女は何も知らない子供の顔をしているのに、大人びた話し方をしていた。まるで昔の自分を見ているようだったけれど、少女と僕には決定的な違いがあった。少女は墓を作っていたのだ、誰のって、彼女自身の。
まだ年端もいかない少女だ。どこぞの御武家様かは知らないが上質な着物を着ている。小さな手で土を掘り、何か――それは彼女の名前とそれに関したものだろう――を埋める儀式をしていた。
『昨日、私は私じゃなくなったの。私の名前は、消えたの』
(少女はこう続けた『私の幼名を呼んでくれる最後の人が死んだの』と)
『そこに、俺の名も埋めて良いだろうか?』
『お侍さんも、死んだ、の?』
その少女の死という概念がどのようなものなのか僕にはさっぱりわからなかったけれど、多分少女は、あの頃の僕と同じように賢い思考の持ち主で。
(人も、天人も星にはならないと知っているからこそ、無に消えていく名前をそっと送っているのだ)
『十五の時に、一度』
『私は、昨日』
僕たちは少し笑いあって、お互いに死んだ名を埋めた。
その晩の軍議で天人との争いに巻き込まれて亡くなった一人の老婆の話を聞いた。
*
大人になった僕は、昔のように率直に現実を語れなくなり、理想空想を交えて語り、話し、笑うようになった。だから僕は死んだら星になるのだと幼い子供に教授する。
今となっては、名前の死というものに出会うことが殆どなくなってしまったし、ひとつの名前が死ぬまで使われることが普通で、逆に僕の名前がいくつもあることの方がおかしいもののように思えた。父から、先祖から頂いた俺の最後の名前でさえ、知っているのはもう俺だけだろう。この名前を呼んでくれる人間がいるのだろうか。もしかしたらあの時あの少女に言っておけばよかったかもしれない。
僕の名前を、その意味を、そして最後に二人して名前を埋めて空に還して……ああ、なんてファンタジーなんだろう。こんなのただのお伽噺だ。
星は人間でもその名前でもない。あれだけ繰り返してそう思っていたのに、今ではそうであれば良いと願っているだなんて。(我が儘も甚だしい)
「おい、銀時。生きてるか?」
「……生きてる」
満天の星空の下だった。
派手な喧嘩をして、二人してぼろぼろになった。こんなにぼろぼろになったのはいつ以来だろう。僕は横たわる男の手を握って、生きているかと問いかけた。
手が熱いのは生きているからだし、血で滑っているのも生きているからだ。
「おめーは?」
「お陰様で」
何か少し戯言めいた事を言おうかと思ったのだが、言えなかった。毎回タイミングを逃している。
「ああくそ、今回ばかりはマジで死ぬかと思ったぜ」
「毎回そんなことを言っているな貴様は」
「毎回そう思うんだから仕方ねぇだろ」
触れあった手のひらを弱く握り返してきた男は、目を数度擦ると、少し弱気な声を出した。
「なぁ、もし俺が死んだらお前んトコの墓に入れてくれねぇ?」
「何を縁起でもないことを」
なんだか可笑しなプロポーズのような言葉だった。しかし男はへらりとしながら「俺ぁ身寄りも墓立てる金もねえし、どうせならと思って」と笑った。
「残念だが俺はあの墓に入るつもりはないからお前の頼みは受けられないぞ?」
「じゃあふたり一緒の墓でさ」
今日はなかなか退かないな、とは思いつつも嫌ではない。
空が低く星空に覆われている。きらきらと輝く星は、僕の父だろうか、父母だろうか、友人だろうか、それとも少女の名を呼ぶ人か、少女の名か、僕の名か、その全てか。
「銀時、耳を貸せ」
「ん?」
そっと近付いたこの距離はいつからのものか。そんな事を考えながら、本当に久しぶりに自身の諱を口にした。
「へ?何?」
「今のは俺の諱だ……墓を立てるときもしかしたら居るかと思って」
「えっ、ウソ、もっかい」
「ええ?じゃあ手を出せ、漢字で……」
そこまでいって、そういえば彼の手を繋いでいたと思い出した。お互い手のひらは真っ赤だが、幸いそこから血は出ていない。
「それ難しい?」
「……少し?」
「ならもうずっと小太郎で居ればいいのに」
「諱は?」
「星にでもしたら?」
あ。
ふと色々な事が頭を掠めて、もっと言えば頭の奥がスッと冷えたような、そんな気さえした。
「なあ銀時…死んだら、どうなるんだったか?」
俺は何度かこの問いをしてきた。
「死んだら?星になるんじゃねえの?」
僕はその答えにひとしきり笑うと、うっかり開いた傷口を押さえながら、彼の手を強く握った。ああ、僕も彼も狡い大人になったものだ。
にっき。さんリクエスト
幼少銀桂→攘夷銀桂→現代銀桂/シリアス→ハッピーエンド
bgm 鬼束ちひろ/僕等バラ色の日々
さいごの果実
何が起こったか、聞く気にはなれなかった。しかし歌舞伎町の誰もがそのニュースを知っていた。
(―――が、死 ん
だ)
どういう状況で、どのように、どうやって。そんな事は真選組が調べているだろうが、テレビのニュースでも繰り返して報道され、真相を探していた。その真相というヤツは、俺の目の前にいるこの男だけが知っていた。
しかしとても聞く気にはなれない。普段のように軽口を叩く気にも。
なぜなら、そんな普段の行動が出来ない程に傷付いていたのだ、彼は。
身動きしないまま、変に殺気をばらまいて、憔悴している。もしかして何か俺の言葉を待っているのかもしれなかった。そしてその言葉で、何かしらのアクションを起こしそうだった。(例えば、自己犠牲、だとか)
だから俺は怖くて、軽口を叩けなかったのだ。何が怖かったのか。思えば、『彼を失うこと』が怖かった。
それほどに彼は傷付いていた。一目でわかるほどに。子供達に少しの間出ていってもらわなければいけない程に。ああ、いつだって彼等には優しさを見せるこの男が、彼等に笑いかける余裕も失う程の事が起きたのか。
見慣れた部屋の中で、彼だけが浮いているように見えた。応接用の長椅子に座ったままの彼は何かを殺すように俯いていた。
「ヅ………桂……」
いつも呼ぶように呼べば良いのか、それともここは真剣になるべきか、もうどちらが最良の策なのかもわからなかった。
同じ様に、俺には彼の想いや苦しみがわからない。
ただ『俺の元に来た』という事だけが事実だった。
桂という奴は昔から辛いことがあっても自分で勝手に耐えて解決していたから、こんな時にどうしてやればいいのかわからない。慰めるような優しさを持った人間ではないと彼も知っているはずだ。そうであれば、もしかして彼は叱責して欲しいのかもしれなかった。
しかし下手な事を言ってしまって、彼が傷つくのも嫌だなんて、とんだ自尊心だ。
「………あー…」
うまいことなんて、なにも言えない。
だから彼の目の前、低いテーブルの上に座って、彼を見た。
普段の彼との身長差はたった二センチであるが、座った場所が彼より少し高く、顔半分程度の身長差になっていた。
俯いた彼の目は少し赤くなっていて、涙の跡が確認できた。ああ、泣いたのか。あんなにも強い彼が泣いたのか。数度頭の中で繰り返してから、その涙の跡を消すように、目元に口付けをひとつ落としてやった。
彼は驚いた顔をして、俺を見上げた。そう、見上げたのだ。いつも殆ど変わらない身長差で気付かなかった表情がそこにはあった。
「………」
彼が弱っていることに漬け込んで、こんなことをするのは最低だろう。だが、今でなければ彼を抱き締めることなど出来なかった筈だ。
そこには、生きた人間の温かみがあった。温もりだとか、優しさだとかそんなものたちが全て合わさって、彼だった。けれど、首から肩にかけて冷たいものが当たったときに、ああ、もう彼の顔を見ることなど、突き放すことなど、出来なくなったのだ。
「こんなことしかできないけどいいわけ?」
例えば慰めや叱責や論ずること、そんなことは出来ない。俺に出来るのは君を抱き締めて、温めることだけなのだ。
彼がほんの少し腕の中で頷いた。
その手を、とって。
(ねぇ、人間は面倒くさいね)
(感情を持て余すしか、できないんだから)
淡路さんリクエスト
銀桂シリアス
bgm 坂本真綾/さいごの果実
あなたに好きといわれたい銀(→)←←←桂
似合わない眼鏡をかけて、歳をとったと笑いながらも、貴方が隣にいると言うだけでこんなにも落ち着かない。
生娘のようだと自嘲しながら、「貴方の隣」の友人指定席に座る私は、生娘だったらどれだけよかったかと思っては嘆いてみたり。
「ほらこの写真」と貴方が見せる写真のどこにも私は写ってはいなくて、何故か私はその事実に笑ってしまいました。
もしも私が私ではなく、貴方の写真に写る人の誰かであったら、貴方は私をどう見てくれたのだろう?そして私のように友人指定席に座る誰かは写真に写る私を見てどう思うのだろう?
(ああ、何て不毛で滑稽な考えなのだ)
「ヅラ?」
喋らなくなった私を不思議そうに覗き込む、貴方が「私」を呼ぶ声と「誰か」を呼ぶ声は同じなのだろうか、と、そんな些細な事でさえ疑心暗鬼が生まれる程に私は貴方が好きなのです。
(ただそれは面白い程に「叶わぬ恋」と形容されるものですから)
私は貴方に微笑みながらも普段のように受け答えをするだけなのです。
近いのに遠すぎるこの距離は、「好きにならなければよかったのに!」と私を責め立ててなりません。
同性を好きになってはいけないと云う神の伝えの為なのか、親友という座を勝ち取ってしまったが為なのか、ただ、私は貴方に好きだと言われたいだけだったのに、それすらも叶わないようでした。
私が貴方に「私の事が好きですか」と問えば、貴方は「好きだよ」と笑うのでしょうが、私の求める「好き」はそんな「好き」ではなかったのです。
ああ、いつから私は貴方が好きだったのでしょうか。貴方の広い背中をずっと、ずうっと見詰めていました。
けれど、届かない。
「届かずともいい、貴方が幸せであれば」
何度そう思ったことだろう。
それは心からの事実であって、嘘でした。
欲を言うならば一度だけ、貴方に好きだと言われたかった。
「銀時」
「ああ?」
「いつか俺の写真もここに入れてくれよ」
親友でいいから、と、心の中で溜め息をつきながら、私はそう告白しました。(私にとってそれは告白でした)
「いつかな」
そう言った彼は笑っていました。
洒落た眼鏡を外してみれば、貴方なんてなんてことないように見えたのですが、私はやっぱり貴方に恋をしているようでした。
連理さんリクエスト
銀(→)←←←桂、シリアスで桂の片思い
bgm 奥華子/あなたに好きと言われたい
Replay音大パロ
「本当に行くの?」と、女々しいばかりの俺は、彼にではなく海に向かって訊ねた。
彼は「行く」とはっきりとした口調で答え、俺の苦手な『テコでも答えを変えない』と言う真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。そんな目をされては「行くな」とは言えず、俺は渋々折れるように「行ってらっしゃい」と呟いた。
それは1年前の話。
(よりによってフランス)
彼にフランス語の能力があるとは思えないし、話しているところを見たことなどない。
(授業じゃちょっとはやってるはずだけどさあ……つか…留学とか聞いてないっつーの…)
あんなギリギリになって言ったのは、俺に対しての後ろめたさか、それともたんに言い忘れていただけか。なんとなく後者のような気がしてならないのは、昔から彼の天然に振り回されているからで。
(ああ、でも、約束)
俺の記憶が間違っていなければ、俺と彼とは約束をしたはずだ。
(フランスか……)
大丈夫だろうかと思ってしまうのは、向こうの男の手の早さと、あの人見知りが向こうでやっていけるのかという心配だ。馬鹿野郎め、と呟いては、海に貝殻を投げ込んだ。
(んで、約束の日には来ない、か)
波の音が繰り返し聞こえる浜辺で、俺は立ったり座ったりうろついたり。そうしてウンウン頭を唸らせては、繰り返し繰り返し溜め息をついて、頭を掻く。単なる不審者だ。通報されてもおかしくない。
十月の海、人ひとり居ないこの場所で、俺はただ彼を待つ。
何度か帰ろうと思ったのに、いやまだあと少し、もう少し、と引き延ばして既に数時間。
波の音が耳にこびりついて消えない程なのに、それでも居続けてしまう理由は。
(……でもあいつ、馬鹿だし…)
約束したのだ、この海で。決意を聞いたあの日に。
あの時も、夕陽が落ちていくのを見た。しかし今日は来ないのだろうと思ったら、悲しいと言うよりムカついてきた。
「……馬鹿のくせにッ!」
叫んで、立ち上がった。波の音はAとGの繰り返しで、変化などなくて、けれど。
「誰が馬鹿だ、誰が」
そのテナーのA音、溜め息混じりの彼の声。振り向いた瞬間、細い指で肩を引かれた。
その指は今日、音を奏でない。低音を紡ぐ、唇も。
「オメーだよ、馬ぁ鹿」
繰り返し悩む事は終わったのだ。波の音だけがただ、繰り返す。
苔さんリクエスト
bgm Mr.Children/Replay
beautiful world3Z
僕はお葬式のループから抜け出せない。ねえ、だってそうでしょう、せんせい。
どうして僕らはこんな服を着ているのですか。夏も冬も、黒いズボンに白いシャツ。アイロンとのりが利いているそれはいつでも窮屈なんです。
先生。先生は僕が校則なんて破って、好きな服を好きなように着ればいいと思いますよね。
けれど駄目なんですよ。僕はまじめでありたい。え?髪?今更なことを言いますね。
そうですね、でもちゃんと黒ですよ?駄目なんですか、黒。長さ?それこそ今更ですよ。男女平等の世界じゃあないですか、いまは。男尊女卑なんていいますけど、女性の方が良いことあるじゃないですか。僕にとっては、の話なんですけど。
だって女の子は髪を長く伸ばしてもスカートをはいてもおかしくないじゃないですか。僕は?僕が髪を長くしてスカートをはいたらおかしいでしょ?ああ、でもだからって僕は女になりたい訳じゃないんです。女装が趣味でもない。でも考えてみてください。毎日葬式用の服を着て、毎日せまっ苦しい部屋に詰め込まれて、動くことも叶わずに、みんなで読経のように教科書の朗読をするなんて。葬式以外のなんですか、これは。いや、先生の教科を否定する気はないんですよ、これっぽっちも。
ああ、そう、だからね、先生。僕は派手な…というかカラフルな、とにかく色の付いたものが好きなんです。
例えば、ペンも好きですし、車もカラフルだからみていて楽しい。女の子の雑誌をみたり雑貨屋さんも好きなんです。外国の雑貨屋さんとか、赤ちゃんのおもちゃとかカラフルなんですよ。素敵ですよね。
でもね先生。僕は驚くことに、あなたが大好きなんです。先生なんてカラフルとはかけ離れてるのにね。白衣に白髪。失礼、銀髪でしたか。とにかくその目に眩しい色が僕の瞳に焼き付くんです。熱いほどにね。もしかして、その白、結婚式意識してます?ああ、違う?すいませんすいません。でも葬式と結婚で冠婚葬祭ですよ?良いですよね。良くない?
まあそうですよね。先生の立場からすると先生は葬式を取り仕切る、つまりはお坊さんとか…神主さんとか…そういう人なんですよね。意味が分からない?そうですか。わからなくたっていいですよ、僕はわかってますから。
ね、先生。僕が今こうして葬式用の服を脱いでるってことは、それはつまりお葬式ループからの脱出を願ってるってことですよ。
学ランもシャツも脱ぎました。僕はもう葬式には参加したくありません。
「それってつまりなんなんだよ」
「このまま先生のものになりたい」
「葬式云々との関係性は?」
「さあ?」
少し困らせたかっただけの話なんです。ああ、そうなんです。あなたの困った顔がみたかったのです。だから先生、あなたの目の前で服を脱ぎ捨てて、誘ってみただけなんです。でもほら、僕には胸もくびれもないから、なんにもそそらないでしょうけど。羞恥などもありませんから、冗談抜きで下まで脱ぎましょうか?別に見られることが快感な訳ではないけれど、先生、あなたの困った顔がやっぱり見たかったものですから。
「抱いてください」
「無理」
そんなことわかってましたよ最初から。でもそんな素っ気ない態度なんてズルいじゃないですか。ああ、僕はまたお葬式ループに入っていくしかないのだ。拾い上げた学生服の黒が、呪いのように僕の心を締め付けていく。やっぱり呪いだ。恐ろしい呪いだ。
「つまらない男…だなんていいませんよ」
「言ってんじゃねーか」
ねぇ先生。そんな顔してなにもなかったみたいに笑わないで下さい。また苦しくなるじゃあないですか。ああ、それにしても今日のお葬式は長かった。先生、あなたも白いタキシードを脱がなかった。脱がせたかったのに。
「ねぇ先生、先生。もしお葬式が終わってからだったら少しでも可能性はありましたか?」
「どんな可能性?」
「言わせる気ですか?」
全てわかっているくせに。ああ、これだから大人はズルい。でもね先生。僕はそんなズルい大人の代表みたいな先生がとても好きで好きで仕方がないんだ。それこそ、お葬式を終わらせて欲しいくらいには。
「また来ます」
来るな、と言われなかったということは、僕にもまだチャンスはあるということだろうか。
早く冬があけないだろうか。そうしたらこんなにも寒い思いをせずにこの服を脱げるのに。
ああ、出来ることならあなたの白さえ剥ぎ取ってしまいたかった。
エムさんリクエスト
銀桂シリアス
bgm 宇多田ヒカル/Beautiful World
Flavor of life銀時視点
そっと近付いた距離は、いつもじゃれあう時よりも少し不自然に遠く、越えてはいけない壁があるようだ。柔らかい表情の横顔の、彼の睫毛が少し濡れて見えたのは気のせいでいではない。
(けれど彼は泣いてなどいなかった、きっと梅雨時期の湿気のせいだ)
通り雨をやり過ごすために入った店の軒の下。偶然に彼が居た。他に人がいないとはいえ、不自然に離れてしまった俺は、雨宿りならばもう少し近付いた方がよかっただろうかと本当に下らない事を思いながら黙って空を見上げていた。
真っ黒になってしまった空は大きく泣きながら癇癪を起こしている。
いつもは続くはずの会話が妙に続かない。というか、俺が一人で空回っている。だからもう大分前に会話をやめてしまった。一辺倒に見える雨の様子も、見ているうちに強まったり弱まったり、風だったり雷だったりで飽きないことがわかった。
だからふいに桂が語り始めたときは、少しだけ驚いた。
「そういえばな」
「ん?」
「今日夢を見た」
「……どんな?」
「先生が…川に連れていってくれるんだ。川の向こうには知ってる奴もいるような気がするんだが、せっかく皆がいるのに俺は手土産を持っていない。だから行けないと断ったら目が覚めた」
「それ三途の川じゃねぇの?」
「俺もそう思う」
またここで俺がなにか言わなければ、桂との会話は終わってしまうだろう。いつもは馬鹿じゃないのかと笑い飛ばしてやる所だが、一瞬。ほんの一瞬タイミングを逃してしまい、笑ってやることが出来なかった。
それに気付いたのか、(気付いているなら彼はどこまでも確信犯だが)彼はふと今まで手に持っていた小さな包みを俺に渡してきた。
「なにこれ」
「今からお前の家に行こうとしていたんだが、此処であったしな。土産だ」
包みの重さからして、何か小さな菓子のようだった。しかし先程の話を聞いた上でこれを貰うような気にはなれない。いやしかしせっかく貰ったものを返すというのも躊躇われる。
「つかなに?突然。夢とか、土産とか」
俺が聞いた所で、今まで彼からまともな返事が返ってきたことがあっただろうか。そんな諦めを含んで聞いたはずだった。
「…………」
案の定返事は返ってこなかった。
だが、今まで横を向いていた彼がやっとこちらに目を向けた。泣きそうな瞳をしていた。
いや、泣いていたのだ。雨の粒がひとつ、彼の頬に当たって流れていた。
「泣いてんの?」
「そうかもしれない」
それでもいたずらに距離は詰められなかった。
「………なんで泣いてんの」
語尾をあげることもさげることもせず、なるべく感情的にならないように聞いた。泣くことが悪いことではないし、ただ、理由が聞きたいだけだと言うのを強調するように聞いた。
「なんでだろうな」
彼は誤魔化している様子ではなかった。
「死ぬつもり?」
「まさか」
唐突に聞いてみた事に、彼は特に何の疑念も持たずに答えたようだった。だからか、彼が近々行動を起こそうとしていて、それがまた危険であって、俺にそれを気付いて欲しいのだと分かった。
彼はいつも大切な事は言わない。気付いて貰おうと仄めかすだけだ。俺はいつもそれが少し気にくわなかった。だってそうだ、もし俺が気付かなければ彼はいつの間にか(俺の知らないところで知らないうちに)死んでしまうかもしれない。
「土産もやったし、そろそろ俺は行く」
急いでいるわけではないだろうが、多分俺のとなりは居心地が悪かったのだろう。俺も何となく居づらかった。しかし隣に居て欲しいと矛盾したことを考えていた。いや、しかし。今は彼が行ってしまいそうだ。けれど俺は止め方を知らない。待てと言うことも、腕を引くことも、この距離では遠すぎる。
「ヅラァ」
「ヅラじゃない、桂だ」
だからもう、いっそこのままの距離でいいかと俺は呼び止めるでもない言い方で名を呼んだ。(案の定彼は歩みを止めないまま振り返った)
遠くになっていく彼に手を振り上げて、貰った土産を高く掲げて、「次は酒がいい!」と声を張り上げた。
彼は確かに笑って頷いた。
(ではまたイツカ)
エルモさんリクエスト
銀→桂 銀視点のどシリアス
bgm 宇多田ヒカル/flavor of life
magnet3Z
(僕は何もかもに絶望している)
待ち合わせ場所の屋上は、寒くて、もうそろそろ星が見え始めていた。赤と紺と灰色でマーブルになった空はどうにも僕を死に駆り立てて止まない。
( と ん で し ま え よ )
頭の中で声がする。
ああ、先生、僕はまだ死にたくありません。と、僕は彼と同じ煙草を胸ポケットから取り出した。
くわえて、火をつけて、吸って。慣れとは怖いもので、最近は罪悪感もなくなっていた。ただ、とても苦い。けれど安心する。先生に抱き締められている時の香りだからだろうか。
煙草を始めたのは、もしも先生が僕を捨ててもそれでなんとかなるんじゃないかと思ったから。だけど、もう無理だろう。
煙草の煙に肺が黒く侵されていくように、僕は先生に侵されている。髪の一本から、指の先まで全て。
(先生は残酷すぎる)
先生は、抱き締めてキスをしてくれる。それでも愛を囁いたことはない。
「……僕の想いに漬け込んで」
実のところ僕は煙草が苦手だった。だから最悪の味がする煙を吐き出して、もう一度空を仰ぐ。さっきまでの空はもう深く紺色に染まっていて、朧な月が浮かんでいた。
それにまた駆り立てられるように、僕は吸っていた煙草をコンクリートで潰して消して、それから踏んで、立ち上がった。冬を告げる強風が、長い髪をさらって撫でた。
僕は誘われるように屋上の端まで足を進めて、背の高いフェンスに手をかける。その冷たい金属の音にまた虚しさを感じながら、僕は先ほどの声に耳を傾けていた。
だから気付かなかったのだ。
僕の真後ろに熱が迫っていることを。
「絵になるねぇ、屋上と少年と夕闇と」
その声に振り返った僕の、視線の真っ直ぐ先。僕の見知った顔が笑っていた。
「お待たせ」
その言葉は風に流され、僕の掴めるところにまで届いた。同じように僕の側まで来た先生は、その熱のない手で僕の肩を掴んで、引き寄せて、キスをしてきた。
僕はこの為だけに生きていると言っても過言ではなかった。
死にたがりの僕は、誰かからの愛を求めた。そこで出会ったのが先生だった。誰にでも優しくて平等であらねばならない彼を手に入れたかった。僕だけを見て僕だけを愛して欲しいと思った。
その願いはは未だに叶ってはいないし、今後も叶うことはないだろう。それでも今、僕を抱き締めてくれるのは彼だけだった。
(だから、今のままでいい)
例え惚れた弱味に漬け込まれて遊ばれているだけだとしても、僕はもう彼の糸に絡まってしまった。離れられるわけがない。
「また煙草吸った?」
唇が離れると、彼はそっと聞いてきた。
「よくわかりましたね」
「それくらいわかるっての。馬鹿にすんなよ?」
「馬鹿になんて……」
しているわけがない。むしろ馬鹿は僕である。
そんな馬鹿な僕は、彼の白衣をつかんだまま目を瞑って背伸びをした。
(僕は何もかもに絶望している)
二度目の口付けと共にまた泥沼にはまっていく僕は、彼の笑みの意味など知らずにまた絶望を繰り返す。
梶文鶴羽さんリクエスト
銀八桂、シリアス
bgm 初音ミク/Magnt
恋文
拝啓、お元気ですか。
ただ、少し会わないだけなのに、僕はこうして未だ拝啓お元気ですかを繰り返しています。いつものように名を呼んで、バカだなぁと笑う声が聞こえないかといつもいつも思っています。そういえば昨日、溜まりにたまった手紙を焼きました。
毎日あなたに宛てて書いていた手紙です。伝えきれなかった想いを、それから今の状況を、ただ書き綴った手紙です。
高杉が、この手紙を見て、恋文だと笑っていました。けれど多分正しいのです。ただ、あなたに伝えきれなかった、好きと言う感情を何度も何度も書いているだけなのです。
好きでした。
愛していました。
過去形で書くのは、この手紙が届く頃に、私がこの世にはいない可能性があるからです。
けれどひとつ我が侭が通るのならば、死んでからも愛させてくださいとここに添えておきます。(化けては出ないので安心してください)
さて、もしこの手紙が焼けることなくあなたの手に届いても、お返事はいりません。
願わくば、私と同じことを思っていてくれれば、と思うだけです。
グシャリ
内容まで書き終わった手紙を握りつぶした。乾いていない墨がまた手についた。
それでも両手でその紙をグシャグシャにして、壁に向かって放り投げた。カサッという軽い音と共に転がるそれを頭を抱えて睨み付ける。あの日から繰り返し、繰り返し、繰り返して、もう何百通目の手紙だろう。
一日に十数通書いては、その内一通だけが成功で、あとは失敗作だといって捨てて。一通手元に残った手紙だって届く筈がなくて、人伝てで送るけれど届いているのやら。
(けれど今日の手紙だけは届いて欲しい)
そう強く願ったのは、明日が、もう最後の戦になるだろうから。
(『廃刀令が出た。ここにも幕府の手が伸びる』)
高杉は、繰り返す。
(『明日で最後だ』)
わかった、と少なくなった顔触れで最後の確認をした後から自室に籠って、ひたすら書き続けているが今日は上手く言葉を綴れない。感情の方がどうしても先走る。
( ぎんとき )
俺の泣き顔を嫌った彼だったが、今日くらいは泣いても良いだろうか、と、白紙を握り締めた。
※
「ああ銀時、お前さんに手紙だよ」
「ああ?手紙ィ?請求書の間違いなんじゃねぇの?」
「いいや、手紙だよ。松菊って女かい?」
一瞬、血の気が引くような、いや、逆にたぎるような、妙なものが背中を通り抜けた。
松菊、その名は、彼の雅号だった。
ひったくるように手紙を受け取って、はやる気持ちを押さえながら丁寧に折られたそれを開いていく。微かに指が震える。
もしも手紙に、勝手に抜けていった俺への恨み言が書いてあったら、と思った。
見るのが怖かった。けれど、俺はそれを見なければいけない。恐る恐る開くと、そこには見馴れた字が一行。
(今いまはただ 思おもひ絶たえなむ とばかりを)
紙の真ん中にそれだけ書いてあった。
この歌は聞いたことがある。多分、百人一首だ。しかし上だけ書いて、下を書いていないのはどういうことだろう。
「今いまはただ 思おもひ絶たえなむ とばかりを」
「人ひとづてならで いふよしもがな?」
誰からも返ってくるはずのない答えが、後ろから聞こえた。
「それ、この歌の?」
「おやあんた、そんな歌をもらったのかい?一体、何したのさ」
「いや、これ…意味わかんないから。なんの歌なのこれ」
「人づてじゃなくて直接別れを言いたいって話さ」
「……………」
その言葉に何もいえなかった。俺は彼に直接別れを告げなかった。だからそんなことを言うのかとも思った。
けれど、けれど。
俺は彼に何を言えばいい?
(会いたいと言えればいい。それから、すきなのだと言えれば)
別れについてなど書かないで欲しかった。出来れば、好きなのだと書いて欲しかった。
(けれどその一行にこめられた苦悩が分かった気がしたのだ)
( かつら )
生きていてくれと願う、それは傲慢だとも知りつつ、その手紙を、握り潰した。
なかむらさんリクエスト
bgm Every Little Thing/恋文
メルト3Z 銀八視点
たまの休みにはお洒落をして柔らかい素材のジャケットを羽織る。
まあ普段がよれたワイシャツにネクタイ、それにチョークの粉にまみれた白衣だから、たまにはこんな格好も良い。
いつも学校に行くために時間をかけられないぐしゃぐしゃな髪も、今日は少しセットして若作りしてみる。
(大学時代を少しばかり思い出させて鏡の中の自分に面白くなった)
普段から服装に気を使うなんて面倒で出来ないけれど、たまにこうしてきちんとしてみるのもいい。
「…………っし!」
頬を叩いて気合いをいれて、ポケットに財布と携帯だけいれて出掛けることにした。
テレビの天気予報は晴れ、お天気お姉さんの占いも良い方向だ。
今日は休日を堪能しようと思う。
普段から何か用がなければ外に出ないが、何もなしに散歩がてら外に出ると言うのは少しばかり落ちつかない気もする。少し遠くまで足を伸ばして、ショッピングモールあたりにでもいこうか、あそこなら色々とあるからな。そう思って二駅先まで行くことにした。あの町は最近どんどん開発が進んできている。
学校で必要なもので不備はないだろうか……ないな。買い物するようなものがない。久しぶりに映画でも見るか。最近じゃなにをやっているかチェックすらしなくなったが、昔はよく映画を見に行ったものだ。
適当に面白そうな映画を選んで、二時間の暇つぶし。
暇つぶしが終わったら、温泉施設でまったりとして、好きな定食屋で決まったものを食べて。まさに休日を満喫している!
例えお洒落な場所に行くということがなくても、布団の中でノンビリしていないというだけで活動的になった気がする。
さて、夕方も近付いて陽が落ちてきた。最近できた施設なんかをもう少し回ってみたかったが、明日は学校もあるのだから。そう思って駅に向かっていると、遠くから雷鳴が聞こえてきた。通りで空が暗いはずだ。
ヤバい降るかも、何て思っている間にパラパラと降ってきた雨は、何を境にしたのか突然強まった。
「やっべ」
言っている間に服が重くなる。まだ駅まで距離があるが、流石に無理か、と屋根の下に駆け込んだ。
通り雨であればいいがそうでなかったら濡れて帰るしかない。
「あれ?先生?」
隣で扉が開いた気配と同時に、俺の知っている声がした。
「ヅラ?」
担任しているクラスの問題児の一人である、桂小太郎がそこにいた。いや、問題児というのは語弊だろうが、しかし実際うちのクラスには問題児ばかり…というかほぼ問題児しかいない。この目の前の彼の場合は、天然過ぎるところがいけない。わざとやっているのかと言いたくなるほどだ。
「ヅラじゃありません、桂です。なんでこんなとこに?」
「……雨宿り」
「成る程」
改めて建物を確かめるとそこは本屋だった。偶然ではあるが出会ったのがここでよかった。もしかしたら本屋で時間潰しもできるだろう、だなんて思いながら彼を見る。普段学校で会っているときと変わらない長髪に、涼しげな青いシャツを着て、なんというか普段からかっちり着こんでしまうのは勿体無いんじゃないかと思う程度には学校と同じような服装だった。しかし意外だったのは彼の荷物が紙袋に入った本と傘だけで、鞄を持っていないことだった。
「きっちりもってそうなのにね?」
「え?」
「いや……雨やまねぇなぁ、ってな」
そうなのだ。雨は先程から強まるばかりで、一向に通り去ってくれる気配がない。これではやはり濡れて帰るしかない。
「……先生今日はお洒落してますね」
「おお、なんだよ突然」
「いえ、なんか、若いなあ…と。あ、眼鏡ないせいですかね?コンタクトですか?」
おお、意外と鋭い。髪は湿気でくしゃくしゃになってしまったが、今日は眼鏡ではないし、服だって違う。
「大正解、疲れるから普段はしねぇけど」
「そうなんですか」
会話が終わって数秒の間。彼が傘を開く。
「……………あ、の」
タイミングを計っていたのか彼は一歩雨の中に踏み出してから振り返る。だからこそ、
「なーにヅラ君、いれてくれるって?やっさしいー!」
「だっ……だれがそんなこと!」
「いやーありがと、たすかる」
怒濤の言葉ラッシュで恥ずかしさも飛ばしてあげよう。ほらもう怒らないで黙って?と人差し指を一本立てて彼の唇に当てた。
「………………どこまでですか」
ちょっとふてくされたような彼に、へらっと笑いかければ、彼はまた機嫌を悪くしたような顔になったけれど、「駅までお願いします」と言ったら、なんだか照れたように顔を背けられてしまった。
「ほんと先生って……」
「なに?カッコイイ?」
ああもう、と溜め息をつかれてこちらも半笑いになってしまう。
「あ、傘持つよ」
駅までが近くて遠い。
できるならこのまま家まで送ってくれないかな、なんて考えて少しにやけてしまう。
「先生、顔がにやけてます」
一体何を考えてたんです、どうせまたいやらしいことでしょう?とまで言われて『君の事を考えていたよ』なんて言ったらまた色々と問題になりそうだ。
(とっくに恋に落ちてた、けどね)
つくしさんリクエスト
銀八→桂
bgm 初音ミク/メルト(男性視点ver)
以心電信攘夷時代
「ち、ちっくと来てみぃ!!星が!星がふっちょるき!!」
外に出ていた坂本が、慌てて中へ駆け込んできた、その日はその秋一番冷え込んだ夜だった。
「はぁ?」
一体全体、何に対して慌てているのかさっぱりわからなかった俺は、坂本に疑問符を投げ掛けた。
「星が!」
ひどく興奮した坂本はそれだけ言うと、話は後だと言わんばかりに服を引っ張って外に連れ出そうとする。一番廊下側に座っていたのが俺であったから、俺を引っ張っていったが、多分誰でもよかったのだろう。
「ちょっと待てよ!星がなんだって?」
「降りよるんじゃあ!」
「はあ?」
はやくはやく、と子供のように急かされて、うっかり廊下から下りて、軒下の冷たい石に足を置いた。
障子一枚隔てただけで酷く寒くて、吐いた息も白くなった。こんな寒いのになんで俺だけ、と非難めいた視線を開け放たれた障子の向こう側へ送ると、やれやれと言わんばかりに腰をあげる高杉と桂が居た。
「ちょっと待て坂本、今行くから。ほら銀時、首巻き」
部屋の奥から出てきた桂が、落ち着いた口調で坂本を引き留め、俺に柔らかいそれを渡してくる。
「やき、星が」
「流星群だろ?瓦版で言ってたぜ」
息を白くした高杉がじっと空を見上げる。渡された綿を首に巻きながらつられて見上げると、視界の端から端へキラリと流れるものが見えた。
もうひとつ。またひとつ。
「すげぇ数」
少し見ていただけで、幾つもの流れ星が見えた。
星が流れている間に願い事を言うと叶うと言うが、今日でも有効になるのだろうか。
「今のうちに願い事でもしとけよ」
その言葉に既視感が沸いて、振り返ると、寒いと文句を言いながら足で障子を絞める高杉の姿があった。それには、既視感を感じなかったし、むしろ彼が幼くない事への違和感だった。
(あ。思い出した)
まだ幼かった頃に、今と同じように流星群を見たのだ。
あの時は、星なんかに興味はなかった。
俺の記憶にあるのは、隣で耳まで赤くして、白い息を吐きながら目を輝かせている桂の幼い姿ばかりだ。
(…………)
これは少し恥ずかしい過去だ、と目を開く。また星がひとつ目の前を通り過ぎた。
「落ちてこねぇかな」
星が落ちた場所には宝石が埋まっていると聞いたことがある。それが本当かどうかはしらないから半分は冗談なのだが、もしも本当に星が手に入ったら、まあ、灯りには困らないだろう。
坂本があっちこっちに指を指しながら、ああまた流れた、こっちも流れたと、はしゃいでいる姿はまるで子供だったが、空を仰いでいる自分もまた似たような気持ちだった。
しばらく(それこそ首が疲れる程度には)空を見上げていたのだが、ふと視線を感じて振り返った。
「……なにみてんの?」
斜め後ろに立っていた桂は、楽しそうな顔でこちらを見ていた。空ではなく、俺を見ているとはっきりとわかるほどだった。
「貴様が星を見ているのを見ていたんだ」
「何の趣味だよ」
「昔に見られていたからな。星を見ている人間と言うのは人からどう写るのかと思って」
言われて、困った。坂本でも見とけよ、とは言えず少し沈黙を置いた。
「……どう写った?」
そう聞くと、桂は少し笑ったようだった。
「多分、昔に貴様が思ったことと同じだろう」
「……………ねーよ」
同じだなんてあり得ない事だ。せいぜい、面白い顔だとか、そんなことを思っていただけのくせに。昔の事をわざわざ覚えているくせに、人の気などこれっぽっちもわかっていない奴なんだから。
「そうか」
桂はそれだけ言って空を仰いだ。珍しく引き際がいいな、と、濃紺の天井を見上げていると、影が動いた気配がした。
もしも彼が敵であったらちゃんと避けるか防ぐか反応していたのだが、相手が桂だからとそのまま動かずにいると、ぐっと襟を引っ張られて身体が傾いた。刹那、冷たい頬に少しの熱。
「えっ」
「……俺は今貴様の顔を見て口付けたいと思っていたがな。違ったのか」
「は……いや、え?」
「綺麗だ、と言ったんだ」
「話が繋がってねぇよ!」
照れる様子もなくふてぶてしいその態度につい声を上げてしまった。どうやら高杉も坂本も今のは見ていなかったようだ。(こればかりは流星に感謝せざるを得ない)
「子供は、キラキラと光るものが好きなのさ」
桂はそれだけ言うとくるりと踵を返して部屋の中へと戻っていってしまった。寒いから風邪をひく前に戻ってこい、という言葉と共に障子を閉めてしまった。
(意味わかんねぇし!)
叫びたくなって地団駄を踏んだ。顔が熱くてどうにかなりそうだった。昔の自分も同じことを思っていたなんて、流石にそれだけは誰にも知られたくない。
(ばれませんように)
目の前を通る流星に色々と意味を込めた願いをして、冷たい空気を吸い込んだ。
「おいヅラァ!さっきのどーゆーことなんだよ!」
(大声をあげて照れ隠しでもしないと部屋まで戻れないだなんて笑えない話だ)
晃さんリクエスト
両想い銀桂(銀→桂なかんじで)
bgm ORANGE RANGE/以心電信
藍
通りの電気屋に並べられたテレビから、キラキラとした声が聞こえる。
『会えない時間が愛を確かなものにするのです』
その声は電波にのって、遠くの人の耳にも届く。
そして皆、その言葉に共感し、感動する。
それがどれだけ上部だけの薄っぺらな言葉だと気付いていても、だ。
(会えなければ、会えないだけ、愛に飢えるだけなのに)
戦が終わって、数年。
彼の生死すらわからない月日が流れて、数年。
あちらこちらから流れてくる情報を拾っては、生きているのか死んでいるのか、毎日毎日考えている。
日がな日がな、一人の事ばかり考えていたからだろうか、時が経てば経つだけその想いが増していた。
(こんなにも愛してしまっている、のに)
彼はどこにいるのやら。
宿屋の窓にもたれ掛かって、沈む夕日を眺めていると、終わっていく一日の葬式をしているような気分になる。あの夕日は、今日一日を燃やして灰にしてしまう。
(それならば)
と、夕日めがけて飛ばしたのは、ごく簡単な作りの紙飛行機。宙を裂いて、陽の中に飛び込む様は、さながら『飛んで火に入る夏の虫』。
目を細めて飛行機の辿る先を眺める。作りがよかったのか、風に乗って思いがけず遠くまで。
折り紙はアイツが得意だった。こんなことをすれば、ただ思い出して感傷に浸って、また自分の傷を抉るだけだと分かっているのに、彼を思い出すことをやめられない。
飛行機は、いつの間にかどこかへ消えていた。
あの陽の中に燃えていったならば、灰の一つでも彼のもとまで届けばいいのに。
※
別に会いたくないわけではない。会えないんだ、と、自分に嘘をついた。
街中に張られた指名手配の顔は見知った顔で、ああなんだ、勝手に有名人になりやがって。なんて思って。
(そういえば写真、持ってなかったな)
とか。
流石に木壁に張られた指名手配書を剥がすほどのことはしないが、見るたび見るたび、その不遜な顔に少し苛ついてみたり。
こいつの笑った顔の方が数倍良い事を知っているのは、今この街に何人いるだろうか。
会わなくなって何年か。別に会わなくたって、この腐れ縁。どうせ会った時にはまた昔みたいに話せるだろうとは思うが、一人でいる時間が長かったせいか最近では妙に思い出してしまう。
まあ、思い出したところでなんともならないけれど。
見上げた空は酷く濃く闇に染まって、こうして星を眺めるのもお前は好きだったな、なんて。端々からお前を思い出してしまう。
今更気付いて、バカバカしくなる。
(こんなにも好きだったなんて、なあ?)
通りの電気屋に並べられたテレビが、未だ電波を飛ばし続ける。
うわべだけの言葉を伝えるくらいなら、いっそその電波の端にでもこの気持を乗せれたらいいのに。
凪裟さんリクエスト
bgm スキマスイッチ/藍