for you merry X'mas

そう、彼が去年持ってきたのは3つのケーキだった。俺と、新八と、神楽でみっつ。だからどうせならホールケーキが良いと言ったら、円の三等分は大変だから嫌だと断られた。
「なんでお前は食わねーの?」
四等分なら簡単な話なのに、彼はみっつ分としか考えていない。何故かと不思議に思ったというよりもホールケーキが食べたいという念に駆られて、聞いてみたのだ。欲に忠実でいいだろう?
「クリスマスプレゼントだからかな」
満足げな彼にそれ以上何もいえなくなった。クリスマスプレゼントだなん馬鹿らしい、とは思うけれど、それは言ってしまえば「何でお前は俺個人だけ特別にくれないの」という勝手な妬みなのだ。多分。
なんて甘ったるいプレゼントなんだろうとは思うけれど、不必要な装飾品やら無駄に高いワケの分からないものより、消費できる分マシである。

「こんにちはー」
玄関の戸を叩く音がする。うだうだ言いながら対応すれば、彼は今年もケーキを差し出す。それに釣られた2人が彼の元へ集まって目を輝かせている。神楽なんかは感謝の言葉も適当に早速手をつけようとしているし。
「お茶にしましょう」
新八が言った。
(お前はさぁ客人の前で客人の分の無い菓子を食うわけ?)
とは去年の言葉。今年は違う。
だからほら、「じゃあこれで俺の役目も終わり」なんて帰ろうとする彼を引き止めなければいけない。
「お茶にするっていってんじゃん」
「だからケーキは3つだと…」
「残念、全部で4つだ」
机の下を探って、小さな箱を取り出した。彼がケーキなんて食べるのか知ったこっちゃないが、あるものはあるのだ。
例えこれが俺の自己満足だとしても、結局彼がしていることと同じだ。
「メリークリスマス」
(絶対食べてくれるという自信はあった)

after...

「しかも手作り…甘過ぎるぞ…」
「愛情の分だけ砂糖を入れてみました」
「馬鹿か貴様………」

(珍しく彼の照れた顔も見られたと、頬が緩むなんて、いい加減平和ボケすぎるか?)

誰が君をそうしたの※二人とも残酷・虫表現

ずるり、百の足が這っているのを見付けてしまった時の不快感といったら!一瞬の不快感と共に踏み潰す。体を半分に別たれても地を這う姿は生への執着がなんとも醜い。アア、解せない。
「うっわ残酷ぅー、実はドMとみせかけたドS?」
「五月蝿い、お前も踏んでやろうか?」
後ろから降りかかる声。
この応酬を戯れと呼ぶなら、俺がその小さな命を踏み潰したのは一方的なオフェンスだ。
「突然女王様発言しないでくんない?」
「……お前と話していると頭が痛くなってくる」
そりゃどうも、と笑う銀髪の方にその虫を蹴り飛ばした。草履の裏から離れない潰した感覚がただただ気持ち悪くて、コンクリートの上で何度か足を擦った。
違和感は拭えない。
小さな命を潰した自分を責めない彼が、逆に、怖い。
どうして責めないのかと聞けば、俺だって虫くらい殺すさ、と返ってくるに決まっている。俺はたったひとつ小さな命を潰すことにすら抵抗を感じて生きていると言うのに。
「なぁ、もっと楽に生きたら?」
ザリッと音がして、同時に声が聞こえた。彼が足を退けると、そこには百の足を持つと言う虫の残骸があった。とどめを指したのは、彼だ。
同じ分の罪を背負い、その上俺の心の中さえ読んだ彼は、平然と笑う。
「考えすぎはお肌によくないと思いますー」
「考えないで天パーになるよりはましだと思うがな」
「ちょっ、ひどっ銀さん泣いちゃうよー」
そのわざとらしく茶化す口振りが、誰でもない俺自身に向けられているものだと知っている。甘やかされている、といつも思う。

(気持ち悪い)
まだ、足の裏にへばりついている気がする。
「ん?」
「足の裏の感覚がまだ消えない」
「ああ……」
言葉は途切れ、二人の間を風が吹き抜ける。彼が何か言った気がしたが、聞こえなかった。(いや、本当は聞きたくなかった)
「何か言ったか?」
聴こえなかった振りをしたのはあまりよくなかった。
「なぁんでも」
にやり、また笑って茶化した彼の唇から漏れたそれは泡沫というのがお似合いの言葉だった。

(「命なんて所詮そんなもの」なんて言葉は、教わっていない筈だ)

誰が彼を変えてしまったの
俗物的に言えば時間、もしくは動きまわる秒針

今日から僕らは一心同体怪我をした桂の見舞いに来た銀時


手が動かないならその腕になってやろうか。そう言ったら、見返りに何が欲しいんだと聞かれた。馬鹿、違ぇよ、見返りが欲しくて言ったんじゃない。そう思ったのに、口をつくのは天の邪鬼な言葉ばかり。
じゃあ報酬は熱いキスで。と茶化したら、それは寒いときに言えと怒られた。
確かに、梅雨もあけない文月は暑い。あ、でも熱いときに熱いラーメンとかカレー食べたくなるのと一緒だろ?と言えば、俺は食べ物じゃないと怒られた。
いいや、お前は俺にとっては充分に食べ物だ。甘くて、冷たい、華のようなもの。
「何を考えているんだ、何を」
「エッチなこと」
にたり、笑う俺は怪我をしている腕をとった。彼は「あ、痛」と一歩足を引いて身じろいだ。髪がさらりと揺れて、乱れる。
(あれ、押し倒したい)
可愛らしいなどと思ったりするなんて。
「馬鹿か、いくぞ」
俺の心を読み取ったかのようなタイミングでの一蹴はたまらない。
「うぇーい」
暑くて気だるい、湿度の高い空気を吸い込む。息苦しい。
深呼吸をしたら、湿度で肺が潰れそうだった。
「あ、見返りは?」
「熱くないキスで」
その意外な返事に、満更でもないじゃないかと苛めてやりたくなった。

(今日から僕らは一心同体)

それって確信犯?新八視点

それは、僕の何気ない一言だった。
「桂さんが持ってきてくれるお菓子って美味しいですよね」
「ん?そうか?それは嬉しいな」
彼に笑顔で答えられて、こちらも笑顔で返した。こののんびりとした空気は、とても心地いい。
桂さんはいつも、どこからか突然現れて、僕らのぐうたら雇い主を攘夷活動に誘いにくる。そんな彼をもてなすのは大体僕だ。銀さんも神楽ちゃんもすぐに桂さんの持ってきたお菓子を取り合ってしまうから、お茶を出すのは僕の役割だ。(銀さんはともかく神楽ちゃんにお茶をいれさせたらどうなるか不安だし)それに、二人がお茶を入れないからといって、彼を無碍に扱っているわけではない。何を言ったって食欲には忠実な二人だ。
「今日のは特においしいですよね。どこのお店か教えてくれませんか?姉上にもあげたいんで…」
僕がそう問うと桂さんは、あ、という顔をした。何か不味いことでも言っただろうかと、不安を覚える。そんな僕の表情を読み取ったのか、彼は少し苦笑する。
「いや、この菓子は俺が作ったんだ」
「え」
「今日は特に力作だったしな」
「へー…これ、ヅラが作ってるんだ」
すごい、と漏らしかけた僕の隣から銀さんがするりと話に入ってきた。銀さんが感心したみたいに言うなんて。いつもならもっと、桂さんに対して厳しく当たるのに、お菓子の力というのは偉大だ。
「え、じゃあ今まで持ってきてくれてたお菓子は…」
「全部手作りだが」
すごいじゃないですか!と僕はただただ感心する。銀さんといい、桂さんといい、妙なところで凝っている。(銀さんなんか本格的にケーキ作れるし、あんな天然な桂さんでこのクオリティだ)
かわいいひよこの練りきりを見つめながらそんな事を思いつつ、ちらっと桂さんを盗み見れば、嬉しそうに口元を緩めていた。
「じゃあこのお菓子食べたいときは桂さんを呼ばないといけませんね」
これでも冗談のつもりだった。先に口を開いたのは桂さんじゃなくて銀さんだった。
「つか、ヅラは俺専属の菓子職人でいいじゃん」
「……ここに住めば?みたいなこと言ってません?」
「住めとは言ってねーよ、呼び出したら来てくれる専属パティシエってよくね?憧れじゃね?」
なにを言い出すんだこの駄目男は!と殴ってしまいたい気もした。
「別にかまわんが」
それに乗る桂さんも桂さんだ。あのですね!と立ち上がりかけたら、彼は人差し指を唇に当てて、微笑んだ。銀さんはお菓子に夢中でこちらをみていないから、それは僕に向けられた合図だ。
「え、あれ?」
もしかして、確信犯何じゃ、と気付いた時には桂さんはもう僕を見ていなかった。
恋する乙女とまではいかないけれど、幸せそうな目で銀さんを見つめるその顔といったら!

「今度は新八君にもつくってあげよう」

帰り際にこっそりと言われたけれど、それが僕への口止め料のような気がしてしょうがなかっただなんて、誰にも言えない。

君に。さようなら暗い

春風の中、俺は地面に這い、穴を掘っていた。普段ならば文句を言うだろう。何せ一緒に居るのは桂で、しかも彼はただでぼんやりと立っているだけ。いつもなら蹴りの一つでもかましてから穴掘り交代!と叫ぶのだろうが、今回は『昔からの暗黙の了解』というやつで、叫ぶことも交代することも叶わなかった。
桂は黙って腕の中の黒い塊を優しく撫でている。互いに既視感を感じていたからに違いない。俺達はいつでも、命と言うものに触れる時、言葉を持たない。
「吊革もマトモに触らねーのに、なんでそう言うのは平気なの?」
彼は一瞬迷い、それでも抱きかかえていた黒い塊に目を落とす。その、小さな猫は死んでいる。左の半身が潰れてしまっていたが、今は彼の手拭いで覆われていて綺麗に見える。
「おまえこそ吊革に平気で触るわりに死体や血には触らないじゃないか」
「……好き好んで死体に触る趣味はねぇ」
「まあ、そうだろうな。吊革はそれと同じようなものさ」
勝手に納得したように目を細めた彼は、ゆっくりとその猫(だった器)の頭を撫でた。その黒い毛並みには乾いた血がついている。
穴を掘り終えた俺は立ち上がって彼の腕の中に手を伸ばした。
「あ、触らない方がいい。どんな菌が居るかわからん」
「オメーはいいのかよ」
「予防接種は済んでいる」
「あ、そ」
きっとその理論は間違っている。自分だけが大丈夫だなんてそんなバカな話はない。けれど彼は大真面目である。
まあそれはいい。考えても彼の理論を覆すことなど不可能なのだから。そんな俺の思いをよそに、彼はすっとしゃがみこんでそれをそっと穴の中に沈めた。それから、土を被せる。一瞬、頭を掠めたのは昔の儀式。確か俺も、   を埋めた覚えがある。思い出したくないが忘れたくない記憶だ。
「帰ろうか」
パッパッと土を払って、彼は立ちあがる。俺は無関心な顔をした彼がなんとなく面白くなくて、また口を出した。
「お前、気ィ許したヤツになら触るの平気だよな」
無表情だった彼が少し眉を上げたのを俺は見逃さなかった。そう言えば彼は人混みで肩がぶつかるのも嫌いだ。
「潔癖症という訳ではないしな」
充分潔癖症だよ、という言葉は飲み込んだ。
「俺が死んでも埋めてくれる?」
「勿論」
ふふ、と笑ったその顔は、見たことのない顔だった。
「お前が心臓だけになっても触ってやるさ」
「嫌な言葉をありがとうよ」
苦笑した俺も、相当“らしく”なかった。矢張り、死に対面するのは人をどうにかするらしい。

(ゆっくり眠れ、我が友よ)

止まるはずのない電車は止まった血の表現/少しグロい

あ、と思った瞬間に、女は飛び降りた。
規則正しく並ぶ枕木と、鋼鉄のレールの波へ。
たった1.5メートルの高さを華麗に舞って、
次の瞬間には、綺麗にまとめられた髪も上品な着物も目の前から消えた。
耳をつんざくような激しいブレーキの音と、後ろの方で聞こえた女の悲鳴は同時だった。
「…ヅラ…すごいもんを見ちまったな
呆然と立ち尽くす男の顔には、血がついている。周りは騒然とし、悲鳴を上げ、吐き気をもよおし、気絶する者が続々とでて、駅員までかけて来る始末。
その中で、自分と彼だけがただ、何事もなかったかのように平然と立っている。
「ヅラじゃない、桂だ。それより銀時、血が付いているぞ」
「テメーもだ」
首から顔にかけてべっとりと付いたそれを、服で拭おうとする腕を止めて手拭いを差し出してやると、彼は大人しくそれで拭い始めた。
髪についたのは拭ってもとれないだろうな、と思っていると、手拭いを返された。
「脂の臭いがする」
銀時は顔をしかめて唾を吐き出した。自分の顔についた飛沫を拭うと、確かに人間の脂の臭いがした。駅員が銀時に声をかけた。俺は彼の影に隠れるようにして顔を伏せた。駅員は何かを二、三話した後、去った。
俺はその後もしばらく顔を伏せていたが、その間中、服についた血が気になっていた。
まぁ、この喧騒の中で他人の服まで気にする者など居ないだろうが。

「俺、飛び込みだけはやめとくわ」
彼は突然、そういった。
「インパクトがあって良い気もするが」
「頼むからやめてくれよ?お前のバラバラになった骨拾うなんてまんざら御免だ」
「そうか、それならやめておこう」
しかし、少しやってみたい気にもなる。もし、躯がはじけたらどうなるだろう?
意識は一瞬で飛ぶのだろうか?
痛みは感じるのか?

「死ぬときはきれいに死にたいものだな」
「それでも畳の上で死ぬ気はねぇんだろ?」
まあ、そうだな。と、足元をみると足袋に肉片が散っていた。

壮絶。

構内はまだ騒がしい。
死に慣れすぎた俺達はただ緩やかに話し続けた。
慣れたくなんて、なかったのに。

それはいくつかの偶然が重なったための◎×△

夜明け前の白んじた空を見上げ、嫌な空だと呟いた。
眠れない、と瞼を開くと既に空は白かった。牛の刻に床についたことから考えると、もう三時間近く目をつむっていただけという事だ。(そんな記録を作った自分をほめてやりたい)
今は何時であろうと視線を動かすと、目玉と目が合った。
目玉、天井に使われている木の、『ふし』の部分がぐるぐると年輪を描いて目玉に見える。
昔はあれが怖くて厠にさえ行けなかったのだが、今は違う。
しばらく目玉を見つめ、これといった思索もなく、ただぼんやりとしていた。
庭から、鳥のさえずりが聞こえる。(そして思ったのは人恋しいということだった)
女を抱きたいわけではない。ただ、人恋しいというのは、隣で杯を交わしながら笑いあえる人間、懐を開いて語り合える人間に会いたいという感情。
(独りとは嫌なものだ)
あるいは夢を見ていたのかもしれない。目を開けながら夢を。
血色の世界、その前は白銀の雪景色だったのに。
(先生は薄々気付いていたのかもしれない)
俺が独りになってしまうと云う事を。
ひどく、惨めなものだとは思ったが、俺は足を動かしていた。万事屋へ向かう為に。



開いているはずはない。まだ明け六だ。あの男がこのような時間から起き出すことは無いだろうし、従業員の少年でさえ訪れるような時間ではない。
(しまったな)
と、思っても時すでに遅し。出直すような気力はとうに薄れていた。
仕方ない、と屋根に上がる。
万事屋の玄関は通りに面していて人目に付きやすい。かといって屋根の上はもっと目立つ。
そんなときに思い出したのはベランダと言う軒の下。そこへ向かった。
屋根からそこへ飛び降りる。音はあまりしなかった。開くまでは此処で待とうと壁にもたれ掛かると、目の前に大きな木が見えた。
(銀時が言っていた花屋の天人の家か)
傭兵部族と云えど心は美しいらしい。それを云うならリーダーも同じ、か。天人だけが悪い世の中では無くなったのだな。(こんな考えで何も出来なくなってしまったから穏健派だと言われるのだろう)
絶対的な敵が居ないと、何を憎めば良いのか分からない。(先生、あなたならなんと言いますか)
ただ、こんなことを思っていると自己嫌悪に入ってしまうのだ。
膝を立てて、俗に言う体操座りで、膝の中へ頭を埋める。泣きたくなった訳ではないが、視界が潤んだ。
坂本は宇宙へ、高杉は思想を違え、
先生は彼の世へ。
今一番の友は銀時だけなのかもしれない。(それは酷く悲しい事実)
『懐を解して話せる友人も必要ですが、一緒に居て楽しい友人を沢山作って置きなさい』
今更になってその言葉を思い出すとは。先生は俺が勝手に人との壁を作ってなかなか友人が出来ないことを懸念していたんだ。(こんな風にひとりで泣くようなことがないように、と)
…窓が開く音がした。
「ふあぁぁぁぁぁ・・・あ?ヅラ?何でテメーこんなとこにいる、ん……だ?」
声の主は分かっていた。だが顔を上げる気にもならない。それ程に気だるく、気分が悪い。
「ヅラだよな?なにこいつ、寝てんのか?」
「ヅラじゃない、桂だ」
「起きてんじゃねーか、テメー何ひとんちに不法侵入してんだよ」
それ以上に口を開く気にはなれなかった。
惨めな気持ちが先に先に出てきて仕方がない。この奔放な男に憧れた。(昔はお前の方が何を考えているか分からない風なやつだったのになぁ)
「おいコラヅラ、何やってんだよ」
「………」
悪いな銀時、俺は今お前に気付いて欲しいんだよ。(泣いているということと、俺の今の気持ちを)
天井によく似た木目が軋む音がした。息遣いと、気配でわかったのは銀が隣にしゃがんだという事。
髪を引かれた。
髪を伸ばすのは、ある種の癖である。床屋が面倒というだけの理由ではないが、どうにも短い髪は落ち着かない。
その髪が、仇となるとは。(伸ばしてやった恩などあるはずがない、髪は意志のないままだ)

髪を引かれた。しかも強く。
痛いと顔を上げると、目玉と目が合った。今度は人間の目だ。
「何、お前、泣いてたの?」
指摘された、がそれでも俺は拭わなかった。喉まで出かけた言葉がでない。赤い。赤いなあ。
光の加減で赤くも見える瞳は明けてしまった空の明るさに比例していた。
銀はしゃがんでいた腰を、木に沈めて俺の横へ座り込む。ああほらやっぱり友は此処にいた。
「どうしたんだよ」
「…少し、孤独を覚えた」
「そうか」
それ以上もそれ以下もない。理由もない。ただ銀は孤独を知っている。だからそうかと言った。(孤独は慰めても治まることがないと知っているから)
俺はまた膝に顔を埋める。
右手が、暖かいものに触れた。銀は俺の手を取った。
「昔、先生がこうしてくれた」
隣に座って手を握って。大の大人2人がやるような事ではないが、確かに確かに不安定なざわめきが落ち着いた気がした。
「すまん」
こちらから握ることもままならない程弱った俺の手の力に反して、銀は強く握っていた。(痛くはない)
「孤独はいつ襲ってくるか分かんねえよ…ただ、」
また少し力が強まった。
「不安になったらいつでもこいや」
ありがとう、と言えたのだろうか。明け空のまどろみの中で発した言葉は届いたのか。知るのは彼のみだった。

月に吼える

「あれ、美味そう」
「何が?」
「月が卵に見える。ワッカ出来てるし…目玉焼きみたい」
「戦が終わったら好きなだけ食えるさ」
「どーかな」

横に長髪の男を引き連れて、俺は屋根に寝ころんでいる。皆が皆、戦で疲れているはずなのに下からは激しく睦みあう声が聞こえる。それが男の本能というものだろうが生憎この場所には男しかいない。男同士でよくやるよ、と思って俺は下階の奴らから意識をとばす。
とりあえず今は目玉焼きが食べたい。

「目玉焼き…白身か黄身かどっちがいい?」
「どちらかといえば白身だな。ゆで卵は黄身が好きだが」
「白身なんてありえね――!黄身だろ、普通!…まぁ卵かけご飯が一番うまいけど」
「人の趣向にケチを付けるな、異常な甘党のくせして」
「いーじゃねぇかよ、あ」
「どうした」
昔流行った馬鹿みたいな遊びを思い出して、俺は立ち上がって思いっきり息を吸い込んで叫んだ。
「きみが、すきだぁぁぁぁぁぁあ!」
ぐあんぐあんと反射して何度か響いて、遠くの森で鳥が飛び立った音がしたから、きっとそこまで声が届いたのだろう、笑える。

「ああ昔流行ったな、それ」
「卵の黄身が好き、だろ。今考えると馬鹿みてぇだけど面白いな」
あんなコトで笑える大人になりてぇ。と言ったら、昔からお前は変わらないから大丈夫だ。と言われた。
何が大丈夫なのかはいいとして、今の叫びで敵さんに場所バレたかも、まぁ夜は襲ってこないだろうし、いいけどね。そう笑ったらヅラも笑った。

明日君と別れるかも知れないから、俺は今精一杯やりたいことをやるし、言いたいことも言う。

例えば、そう
君が好きだとか。