「殺してくれないんだ」
残酷な言葉聞こゑ、鳥肌が立ち、殺せぬとも言えぬ侭、我が腕は無言で刀を抜く。
我がの身は何に動くのだ。幕府の命か、己の意志か。
「そんなに死にたいのか」
震う声。
俺も男も服には点々と血が跳ね、男に至つてては左腕が使えないやうだ。
其れでも、我が腕で男を斬れるかどうかはわからぬ。男は強いのだ。正当に戦えば斬れぬ。
しかし、斬る。
斬らねばならぬ。
「お前になら殺されたいよ」
「ぬかせ」
今日ほど就いた職を恨んだことはないだろう。お前を死なす位ならばいつそ。
剣を抜け、骨を絶て、血塗れた腕をまた染めろ、愛する者の血に染まり、鬼は修羅へと身を変えて、
命絶ゑれば地獄道
陸道輪廻廻る愛、
答は何処で間違つた?
追うもの、追われるもの、闇夜で決闘
(面影を追いながら飛べもしない滑稽さが、いっそ死ぬまで続けばいいのにと思うよ)
夜鳴鳥になったぼく幕府に追われる銀時とそれを斬るよう言われた土方
抱きしめられたらよかったのに3Z卒業
左様楢を言おうか。
さようなら、サヨウナラ、Good
bye、
彼は僕に愛をくれるし、僕もそれが満更でもない。だからハグもキスもセックスも許しているんだ。
それでも越えちゃいけない一線があった。だから一度も好きだって言わなかった。そして彼も。
人間には対極の定めってのがあって、例えば生死だったり出会いと別れだったり。
そうして今日は別れの日。
僕は正しく言えるだろうか、さよなら、サヨナラ、Good
bye、先生。
自分きもいな、弱すぎる。
知ってたさ、高校は三年間だけってことくらい。気付いていたさ、今日が近づくほど先生と一緒にいるのが苦しくなってたことくらい。
本当は卒業なんかしたくない。
放課後、教室、二人きり。お誂え向きのシチュエーション。みんなは一足先に打ち上げに行っている。
「先生」
「…」
「…今までありがとうございました」
「うん」
「…さよなら」
「…うん」
ああ、やっぱりだ。さよならだ。引き留めてくれること期待してたのになぁ。ハグとかキスとかして、行かないでとか言ってくれるのを期待してたのに。ああやっぱり自分きもいな、なに考えてんだろ。
もうそんな乙女思考は終わりだ。
さよならなんだ。もう。
………さよならってなんだっけ。
別れること、離れ離れになること、会わないこと。サヨナラとまたねは似てるけど、僕はもうまたねと言えないんだ。
「じゃあ、皆まってるんで」
行きましょう、とは言えなかった。さよならをしたはずなのに一緒に行こうなんて馬鹿みたいだ。
だから俺は黙って教室を出た。ここにはもう二度と踏み入ることがないだろう。
視界が滲んだ。(きっと涙だ、これは)
静かすぎる廊下に俺の足音が痛いほど響いた。
気づいた時には走り出していた。
抱き締められたらよかったのに
(ああ、それもすらも叶わないこの両腕を呪いたい!)
愛の認識を頑なに拒否していた僕らに残せるものが或るだなんて、とんだ傲慢だ
ほら、また俺は彼を傷つける。
好きだった。だからハグもキスもセックスもした。それなのに一度も好きだなんて言わなかった。言えなかった。言ったら全部が崩れる、そんな気がして。
「先生」
「さよなら」
さよならを告げられて、固まる俺。何か口走ったかも知れない。
『さよならなんかしたくない』、そういって縋ってくれる事を期待していた。
何でそんな期待をしたんだ。何で自分から言わなかったんだ。
彼がいなくなった教室は真っ白で、透明だった。
「とうしろう」
呟いて、飽和して、切なくなった。
覚えてたんだよ、おまえの本名くらい。当たり前だろう?
(俺はいつからこんなに弱くなった?)
「好きだった」
過去形なんて、馬鹿みたいだ。だって今でも俺はこんなに彼のことが
「好きだ」
もしかしたら今からでも遅くない。追いかけて、腕をつかんで、抱きしめて、キスをして。
そうしたら俺の苦しみは救われるの?
骨の軋む音が聞こえる殺伐
銀の髪を振り乱した男が怒気を撒き散らしていた。
土方の髪をひっつかんで、その黒髪の頭を勢いよく壁へと打ち付けるとズダンという鈍い音の後にパラパラと土壁が落ちた。幸いといえば幸いに、激しく打ち付けられた筈の頭からは血が出ていない。それは土方の頭に盛大なるたんこぶが出来たことを暗に示している。そのすぐ後に右頬に拳が一発。
もう何度目だろうと、思った。
ジンジンと鈍い痛みが増す。
口の中に広がる生暖かい鉄の味が気持ち悪かった。
男が本気で自分を殺すつもりはないのだと土方は殴られ始めてすぐにわかった。(何故って殺したかったら確実に刀を抜いているはずだろう?)
けれど殴られている理由はあまりに理不尽。ほんの少し間違えれば死ぬかもしれないという恐怖さえある。
男が冷たく言った。
「ねぇ土方、早く言ってよ?」
俺を愛している、ってさ。
土方は殴られ、俯いたまま黙って血痰を畳に吐き出した。
そうすることで、男の怒気が増すことを知っていて、尚。
殺気に似た、ピリリとした空気が飛んでくるのにも関わらず、土方は銀を見据えて言った。
「言わねーよ」
こんなときだけちゃんと名前呼びやがって、嫌がらせか?(土方は殴られていることよりもそれが嫌だった)
男はまた、手を振りかざした。
(だけど俺はお前のその不器用な愛が、好きだ。)
君にも描けない美術教師銀八と3Z土方
暖かい部屋で、ふたり。俺は図々しくも浅はかな事を思う。(先生の特別になりたい)
多分、先生が好きなんだと思う。
俺は自分が臆病だと知っている。例えば、一部の他人が怖い。歳の離れた大人や子供は平気だが、年齢の近い他人は怖い。だからといって俺には同年代の友人が居ない訳ではない。仲の良い友人は余裕で平気だし、全くの赤の他人は1対1で接する分には問題ない。
ただ、俺が怖いのは、騒いでハシャいで五月蝿いチャラついた奴らだというだけのことだ。その感情がいつ生まれたのかなんて、俺すら知らない。
*
その日俺は日直だった。日誌を書き終えるのに手間取った為、総悟達には先に帰ってもらった。教室に残るのは俺と騒がしい生徒達。彼らは別に不良でもないが、たまにコソコソと内緒話をして大爆笑している。
それが、怖い。
もしかしたら俺の事を笑っているんじゃないかという被害妄想がどんどんと湧き上がってくる。そう、妄想だと分かっているのに…それでも、嫌な汗が流れる。
怖い。
俺は大急ぎで日誌を書き上げ鞄をひっつかんで教室を出た。恐怖から逃げるために。(俺はなんて弱虫なんだ)
笑い声はまだ続いている。
*
性急にノックを4回、中の返事も待たずに入ったのは美術準備室。他の場所より一層暖かいのは暖房が良いからか。シュンシュンとやかんが音を立てて沸騰している。
「あれ?どうしたの」
先生はひとりだった。
「今、大丈夫っすか」
「いいよ」
俺は鞄を引きずるようにして先生に近付くと、近くにあったイスをストーブの前に持ってきてそこに座った。
安堵のため息が漏れる。
俺がこの部屋に遊びに来るのは稀ではない。先生は色々な生徒から慕われている。若いから話しやすいというのもあるのか、先生の部屋には生徒がいることが多い。目的なんてだべる事くらいしかないけれど。
「あ、なんか飲む?」
なんもないけどねー、と、先生は机の中からミルクココアの袋を出した。
「え、いいっすよ」
「いやいやちょっと飲んで行きなさいよ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて…」
先生はそこらにおいてあったコップを洗ってココアを2つ入れた。洗ってる時間が長くて、(案外几帳面なんだな)なんて思いつつ。
「…で、どうしたの?」
ココアを飲んで一息ついた所で先生は聞いてきた。(あ、しまった今部活時間じゃねぇか?なんてちょっとドキドキしていたけれど先生がいつもと同じ優しさを見せてくれたことに感謝した)
「いや、えーと…」
「あ、これもどうぞ」
と、俺が戸惑っているうちに先生はバウムクーヘンをくれた。
「あ、すんません」
にこにこと笑う瞳はきっと他の生徒にも向けられているんだろうと思ったら切なくなった。
そのまま先生は黙った。俺が話す番、か。
「教室から逃げてきました」
「なんで?」
「ちょっと怖くなって。俺、他人が苦手なんすよ」
「…じゃあ俺も怖い?」
「先生は大人だから平気です」
先生はちゃんと分別のある大人だから怖くない。怖いのは分別のない子供、一番性質が悪いのは俺らの年代。ああ、でもチャラついた奴でも分別のある奴は怖くない。総悟しかり高杉しかりだ。
「心は永遠の少年なんだけどな」
先生は笑った。
「センセーちょっといいですかー」
ノックもなしに準備室に入ってきたのは美術部の生徒だった。
「なにー?ちょっと今いくから待っててよー」
「はーい」
多分一年生だ。まぁこの時期に部活をしているのは下級生しかいないだろうけど。若々しいな、と思った自分が年寄り臭くて笑えた。
「ちょっと待っててね」
先生はそう言い残して美術室へ消えた。待ってて、ということはまだ俺に用があるのか。それは「もう帰れ」と言われるより断然うれしい言葉で、俺は手が熱くなるのを感じた。
(遅いな…)
ココアはもう飲み終えてしまったし、寒かったはずの体もかなり温まって熱いくらいだ。手持ち無沙汰になった俺は先生の机の周りや本棚に並べられている美術の本の背表紙をぼうっと眺めていた。美術室の方からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。それは教室で感じた嫌な笑い声じゃなかったけれど、ちくんと心が痛くなった。
( 先生 )
先生を独り占めしたい。特別になりたい。先生は優しいから、誰かを嫌ったりしなさそうだ。みんなに平等に優しいなんてズルい。俺だけに優しくして欲しい。
俺は他人が怖い上に独りが怖い。誰かと一緒に居ないと不安だし、独占欲も強い。だから数少ない友人が、親友が、他のヤツと話しているだけで嫌な気分になる。
そう言えば昔聞いた話で「小さな女の子で自分の親友が他の女の子と話しているだけで怒るのは、友情と恋愛感情の区別がはっきりついていないために相手に嫉妬するからだ」というのがあった。
俺はまさにそうではないかと思う。そうすると自分はなんて子供じみているんだろうと嫌になる。
ガチャっと美術室と準備室を繋ぐ扉が開いて、先生が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ごめん待たせたね」
「いえ」
優しい声だ。何でかは知らないけれど、先生の声は安心する。一概に言えば“好きだから”なのかもしれない。
「続き、話してよ」
「別にあれで終わりなんですけど」
「じゃあ質問。俺が大人じゃなかったら、土方は俺が怖くなる?」
「あんまり話した事がない他人が苦手なだけなんで、別に先生は平気だと思いますけど」
「そっか」
グラグラとやかんの沸騰する音が心地よくて、だんだん眠たくなってきた。ここにいると俺は無防備になってしまう気がする。
「…俺、もう帰りますね」
「うん、じゃあまたね」
「さよなら」
またね、といわれたがきっともうこの部屋で会うことはない。もう2月の自由登校だ。俺はもうここには来ない。
扉を閉める寸前に小さな声で好きですと言ってみた。騒音に消されたから、伝わるはずもない。
ああ、そういえば俺、先生の携帯番号もアドレスも知らないや。(今更になって聞くのもあれだ)
そんな俺が4月にはビクつきながら他人の雑踏へ踏み出すんだ。きっと滑稽な事だろう。
出来ることならもっともっと
先生の近くにいたかった、です。
君に描いてあげる君にも描けないの続き
白い息を吐きながら、俺は歩いていた。
通い慣れた道、道路脇の電柱に張られた紙、ガードレール下の空き缶、普段なら気にしないそんなものが、今日はなぜか目に付いた。
感傷的になるなよ、俺。
一人寂しく呟いて、坂を登る。自転車に追い越されたり、マフラーを引っ張られたり、そうして怒ったり、ほら、皆いつもと変わらない。
多少、浮かれた気分にも見える。皆の声が自然と大きくなっている。その皆の楽しそうな気分と反比例してどんどん気分が下降する俺。爽やかな青春の卒業式なんて、迎えられそうにない。
先生に好きだと告げられず、結局今日この日を迎えてしまったのだ。だから、俺は今日告白する。叶わない事は完全にわかっている。けど、俺を覚えて置いて欲しい。流れていく人生の中で少しすれ違っただけの生徒に思われたくない。だから最後の最後に言って俺を忘れないようにしてやろう。
そんなことを考えていたのが昨日。そして今日が卒業式。卒業式自体はどうだっていいのに、その後のことに緊張し過ぎて、何か胃が変だ。
溜息ひとつ。そうして、適当に流していく間に式は終わっていた。なんて適当に終わらせてしまったんだ。一生に一度のことを、なんて思って、「いいや、ちがう」と頭を振った。一生に一度の事は毎日毎日起こっているんだ。今更卒業がどうとか言われても、な。
とりあえずクラスで担任の話を聞き終わった後、美術準備室へ行こう。先生はきっと、今日も、そこにいるだろうから。
性急にノックを4回。中から返事がしたので入った。
「くると思ってた」
眼鏡の奥で本当に少しだけ笑って、いつものように俺をストーブ前に誘導してくれた。そしてやはりいつものように、飲み物とお菓子を出してくれる。
「これ、他の奴にも出してたらなくなりません?」
「今年の卒業生とはあんまり関わりがなくてね、まだ今日は二人目だよ」
なるほど、先生が赴任してきたのは俺らが三年になるときだ。三年になってから美術はないし、棟の一番端にあるこの部屋までわざわざ来ることもない。俺は勝手に納得して、そうですかと答えた。
先生と話していると沈黙が続くときがあるが、俺は気にしていなかったし、先生もそんなに気にしていないようだったから俺は黙り続ける。ほっとするんだ。
「あ、今更だけど卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「早いね。一年なんてあっという間だ」
「そうっすね。ああ、先生」
言うなら今だ。と声がした気がする。
「好きです」
「俺も好きだよ?」
「違うんだ先生、そういうんじゃなくて」
やっぱりの反応に内心ほっとしたようながっかりしたような、それでももう後には引けないような気がしていた。
イスから立ち上がる、
窓の外が白い、(雪)
冷えていく指先、(震える)
俺は先生に詰め寄って言った。
「こういう意味」
刹那、触れる唇。
本当に少しだけ触れて、(だって、緊張で震えて、震えて)そうして離れた。
緊張と嬉しさで膝が沈みそうになるのをこらえて、また椅子に座り直した。
「…すいません、でした」
声も震える。
また沈黙。
無機質な部屋に転がる心臓。
先生はさして驚いていないような、それて優しい目をして、俺を見据えていた。それから、ああ、と思い出したように机から封筒を取り出して、俺に渡した。
どうやら俺の方がぽかんとしていたようだ。滅多に笑わない先生が確かに笑った。
「デートのお誘い。美術展だから興味ないかもしれないけど」
俺は封筒を握りしめたまま、どういう事かと先生を見ていた。
「は…?」
随分と間抜けた声だったように思う。ストーブの上でかしゃんかしゃんと鳴るやかんの音が妙にはっきりと聞こえた。
「だから言ったじゃん、俺も好きだって」
沸き上がってくる淡い期待。先生、それってどういうこと?
「まずは、デートね」
俺はこんなに優しく笑った先生を今まで一度も見たことがなかった。
「お付き合いは、それからだ」
ああ、俺の方が一生忘れられないじゃないか。
いつの間にか手の中に土方誕生日
「これあげる」
「いらねー」
差し出された飴玉を拒否して、紫煙を吐き出した。腰に差した刀が重い気がして妙に落ち着かない。
「へぇ、刀新調したんだ」
先程まで俺の為にあった筈の飴玉は既に彼の口の中で、彼はそれを舐めながら聞いてきた。疑問と言うより確認のような彼の問いに一度頷くと、ごそごそと着流しを探ってまた飴を差し出してきた。その飴はまるで手品のようにどこからでも出てくるので、俺は目を丸くして見ていた。
「他の奴からはそんないいもん受け取っといて銀さんのは受け取れねーとか言うなよ?」
「よくわかったな」
「なんとなくな」
刀は近藤さんがくれたブランドものだ。ブランドには興味がないが刀自体は悪くなかったから受け取った。なんでくれたかと言えば単純なことだ。
「だからほら誕生日プレゼント」
「しょぼ」
「愛が詰まってんだよ愛が」
誕生日に祝い事をして贈り物をするという行事(というか風習)はいつから始まったのだろうか。贈り物なんてなくても自分は歳を取る。それだけの日なのに。
「大人しく受け取っとけよ」
「甘いもんは苦手だ」
「我が儘」
銀髪は溜め息をつく。
「良いから受けとっとけって」
「だから甘いもんは…」
断ろうとして腕を掴まれて、気付いたら0距離。いつの間にやら口の中が甘いし、ああもう苦手って言ってんのに。
ちょっと離れて0距離ではなくなったけれど、まだ近い。
「Happy
birthday」
「おう」
無理矢理押し付けられた飴はいつの間にか手の中にも。
kiss on the wrist.高校の同級生銀土
ゴロリと横になった彼がこちらを向いたので、俺は思わず顔を逸らした。三年になって急に仲良くなった彼とは変な付き合いだ。ライバルとか喧嘩友達と言った方が正しいような気がする時の方が多いが、それでも彼と俺は友人だった。今日までは。
妄想が広がるベッドの上に横になる俺と彼。俺の部屋に遊びに来た坂田が眠いと言ってもぐこんでしまい、俺はそれから引きずり出そうとなんとかしていた。不自然にならないように会話を続ける俺は、ある意味器用だと思う。
「ゲームでもすっか?」
「いーよ眠いから」
「ったく人のベッド占領しやがって狭ぇんだよ」
「2人も横になってりゃ狭ぇのは当たり前じゃねーか」
「俺ァ半分しか乗ってねえよ!」
「叫ばねーの、眠ぃんだから」
こんな下らないやりとりも、友人だから出来ることだ。不毛な恋だと思いつつ、顔を戻すとまた目があった。
「…んだよ…」
今度は逸らさなかった。逸らしたら変に思われる気がしたし、彼の顔を見たかったからだ。
俺ははっきり言って自分の顔を見られるのが好きではない。だから少し布団に顔を埋めていた。
すると坂田は突然ベッドから降りて、テレビの電源を付けた。
ゲームするのか?と俺もベッドから降りようとした時、彼が笑いながら「やべームラムラする」と言った。一瞬頭の中がパンクした。
「なんだそりゃ?」
俺はせめて動揺に気付かれないよう笑ったが、その次に彼が言ったことには衝撃過ぎて笑えなかった。
「俺、バイなんだよね」
「マジでか」
「マジだけど友達に手ぇだすかよ」
友人の突然の告白に少し戸惑うが、はっきり言って偏見なんてない。だって俺は坂田が好きなんだし。開けていた窓から風が吹いて坂田の髪を揺らした。ただそれだけで俺は意識してしまう。俺は内心ドキドキしながらまた布団に横になった。
「俺が好みのタイプってことか」
「そゆこと」
テレビに向かって既にゲームをし始めた坂田の顔を見ようと、俺は少し身体を起こした。そこには銀髪がいる。テレビに夢中な横顔が綺麗に見えて無性にキスがしたくなった。
(俺なんてお前が本気で好きなのに)
「………」
揺れる銀髪を斜めから見つめる。整った横顔はあんな事を言われたからかいつもより眩しく見えた。
そして思わず近づいていた。
ベッドから降りた俺は床に座り、彼の背後から身体を伸ばすようにして、一瞬だこ頬に唇を触れさせた。
「へ」
彼の声が聞こえた。
「あ…挨拶だ」
「突然かよ」
動揺する事もなく、目を細めて嫌な笑い方をした坂田は床についていた俺の手を取った。バランスを崩して坂田の背中に倒れ込んでしまった俺なんかに構うことなく、彼は強く腕を引いて、そして手首に口付けた。誰のって、そりゃ、俺のに。何をされているか理解した瞬間恥ずかしさに固まった。
ぐ、と強く吸われて痛みが走る。キスマークなんて、嘘だろ?(俺はまた繰り返した)
「なぁ、これの意味調べてきたらもっといいもんやるよ」
「……なんだそれ」
「つべこべ言わず調べてこいよ」
強い口調で、俺にそう言った坂田はまたゲームに視線を戻した。なんなんだ、一体。
俺は手首に残された跡を撫でて、その横顔を見つめた。
(なんか、キザったらしいな)
サロメでさえも恋をした3Z
好きで好きでしょうがない。感じたのは焼け付くような焦燥感。ねえ先生、先生の事を考えると俺おかしいんだ。自分が自分でわからなくなるくらいに、あなたが好きです(と言えたらいい)
雨は、好きだし、嫌いでもある。この雨は梅雨入りしてからもう何日降り続いているだろう。数えるのも面倒で、考えるのも億劫だ。膝で寝ている銀髪の、静かな寝息と雨粒の音だけが聞こえる。
あ、眼鏡かけたままだ。気付いたときには腕が動いていた。するりと外れた、眼鏡のないその幼い寝顔にすこし笑ってしまう。若い。
そういえば俺、先生といくつ違うんだっけ、と指折り数えようとして、そういえばまだ年齢すら聞いていないことに気づいた。
もっと本当にどうでもいいことは知っているのに、どうしてそういう基本的な事を知らないままなんだろうか。
(例えば煙草の銘柄だとか、手の大きさだは知っているのに)
少しして手の中にある眼鏡を見て、ああ、先生の視界ってどんななのかな、と思った。眼鏡を通した世界なんて見た事がなかった俺はちょっと気になってそれをかけてみた。
元々良い視力に眼鏡をかけると、逆に視界はぼやけてしまう。見にくいなぁと辺りを見回して、外そうとしたら先生が起きてこちらを見ていた。(ようにみえた。ぼやけてよく見えなかったからはっきりそうだったのかは定かでない)
「土方?」
先生は手を伸ばし、俺の顔を両手で掴んで引き寄せた。突然の事に焦って、あと眼鏡がずれて、どうしようかと思っていたら先生が笑った。
「眼鏡似合うね」
笑顔のまま先生はそれを外して、頭に回したままの腕に力を入れた。重力のまま押された俺の唇に、先生のそれが触れた。
長い口付けに雨音が溶けて、世界から隔離された空間に思えるくらいだった。
「あー…よく寝た」
離れて、先生はそう溜息をつくように言って、少ししてから起きあがった。ミシリと鳴ったソファの音も雨音に溶けていく。
「おはようございます」
くっついたまま、離れはしない。離れたら寂しいから。いつの間にかかけ直した眼鏡と少し皺になった白衣と、俺だけが見る特権のある先生の姿に胸がキュッと締め付けられる。
「先生、先生の好きな人って誰ですか」
雨に紛れてしまうかなぁと期待して突然、恥ずかしいことを聞いてみた。
「土方だよ?」
どうしてそんな質問したんだと聞くことも、茶化すこともないままに先生はそうはっきりと断言した。
また締め付けられる胸。鼓動はきっと早いだろう。
「先生」
「なに?」
「先生の事がもっと知りたい」
言ったら、すごくイヤラシイ顔で笑われた。
「何が聞きたいの」
「全部答えて欲しいんで」
ああ、まずは歳でも聞こうか。
(雨に溶かしていくように)
(照れ隠しなんだよ馬鹿野郎!)
例えば、1の周りは0、2、3、4という数字であって、1そのものではない。1の隣は0か2であって、やっぱり1ではない。ただ、1の隣には0.9があるし、1.1がある。とても近いけれど違う。
「それが俺達なんだって」
わかる?と男はだらしなく笑う。根本的に笑顔の少ない目の前の男は、珍しく笑っていた。
「わかんねーよ」
短くなった煙草を吐き出して踏み潰す。煙草の匂いなんて、もう麻痺してしまうくらい吸っているというのに、何故かその煙った匂いが鼻についた。
「近くて、違う」
「人間なんてみんなそうだろ」
「もっと近ぇよ、俺達」
「勝手な思い込みだな」
全て却下だお前の言う事なんて。俺は俺、お前はお前、近くない。同じなのは生物という枠にはいると言うだけ。
「じゃあ同じ?」
「同じじゃねーよ」
甘ったるい関係なんてまっぴらだ。しかしそう思う反面、そういう関係に憧れてみたりする。だがそれは言わない。言えるわけがない。
「素直じゃないなぁ」
そう呟いた男はあーあ、と空を仰いで、それから、地を見る。
きっと男は俺の気持ちが全て分かっているに違いない。認めたくはないが近いと言うことも事実だ。だから、彼は俺に対して最大限の譲歩をしてくる。その譲歩に応えない俺も俺だが、懲りずに何度も寄ってくる彼も彼だ。
「だって結局0.9も1.1も結局約1で括っちゃえるじゃん」
足で地面に一本線を引いて、男は言った。あ、思っていたことを言われたと思ったけれど同じことを考えていたなんて自分からバラす必要もない。男が調子に乗るだけだ。
「……同じだったら何だ」
「や、なんかお揃い的な感じでさ、いいよね、って」
新しい煙草に火をつけるのに手一杯で答える気もしなかった。
「いいっしょ?」
その沈黙をどう捕らえたのかは知らないが、またにやけた笑みを見せて来る男に一発食らわせてやりたいと思った。
「勝手に言ってろ」
そのまま踵を返して去ろうとしたのに、腕を捕まれた。
「じゃあまたね0.9」
瞬間、俺の方が小さい数字ってどういう事だと叫んでやりたくなった。しかしそのまま叫んでも男の思うつぼである。黙って腕を振り払って去った。
何もいえなかったのは俺の負けではない。むしろ耐えた俺の勝ちだ。そんな事を思いつつ、男が書いた1の数字を踏みつけた。
(そんな小難しい事言わずに素直になればいいのに)
Living Dying Message
『待ち合わせは、そうだね、是非あの橋の上で』だなんて言って。
そんな柄でもないことをするなと怒られて。
『柄でもないって何?お前は俺の何を知ってんの?とか言って、挑発してみたり。
(一概に愛なんだけど)みたいに思ってみて、『愛してる』なんて笑って、お前の反応を楽しんでる。
まあ、俺もお前も似た者同士だからお前の気持ちなんて手に取るように分かるからさ。なんてね。
「巫山戯るな」
人通りのある橋の上。俺を横目で見ながら欄干にもたれかかって煙草を吹かす男は土方十四郎。
例えば『コイツ、俺の恋人』なんて言って誰かに紹介したら多分三回くらいは刺されるだろう。俺と彼とはそんな関係だ。
『愛してる』の返答は『巫山戯るな』で、『好きだ』の返答は『知るか』だ。
「つれないねぇ?」
「テメーが戯言吐くからだろうが」
欄干に肘をついて、ため息なんかしてみるけれど。彼は知らん顔でそっと笑うだけだ。
それから、煙草を落とす。赤色の火花がパラリと散って地面で消えた。それを踏みつぶす足。その足が一歩引きながら煙草をギリギリと潰す。
それが合図だ。
「ああ、もう行っちゃうの?」
「お前と違って暇じゃねえんだよ」
そんなことを言う彼は大嘘吐きだ。本当に忙しいならば一瞬だけ目を合わせて目を離すだけだから。
だから今日の君は少しは暇なはず。
「ほーんーとーにー?」
「……ああ」
「そ、」
興味なさそうな返事をしながら、掌で隠した口の端を上げて笑う。
横目でのぞき見れば、彼は複雑な顔で新しい煙草に火をつけていた。
ああ、ほら、なんて可愛げのない。(だけど可愛い)
「じゃあ待ち合わせは、是非この橋の上で」
笑ってみれば舌打ち一つ。
俺の希少な笑顔をもったいないぜ?と口の端を歪める。拳が飛んでこなかったのが奇跡だろう。
(さて、また偶然会えるだろうか)
(その待ち合わせには時間などないのですから)
めいさんリクエスト
微甘の銀土
bgm 9mm Parabellum Bullet/Living Dying Message
ライン銀←土
苦しい想いをするから、人を好きになるのは嫌いだ。世の中すべての甘い恋の話が上手くいったって、この世の中が上手くいくわけではない。が。
(人を好きになるのは嫌いだ)
やはりそう思うことでしか自分を慰められないなどと、女々しさに吐き気すら覚える。
「よぉ、おーぐしくん」
例えばお前の声に一々心臓が跳ねていることを、お前は知らない。
「なにしてんの?サボり?」
例えばお前が俺の事を聞いてくることが嬉しくて仕方ないと言うことを、お前は知らない。
「あっ、オヤジー団子一つ、コイツが払うから」
例えばお前が俺を頼る度に俺の頬が少し緩むことを、お前は知らない。
「……テメーは……」
言いかけて、つぐんだ言葉は何だったか。
『毎度毎度、苦労してんな』だったか。『ちゃんと働けニート野郎』だったか。『十倍にしてかえせよ』だったか。いや、どれもこれも会う度に言っていることだ。本当に言いたいことはもっと他にある。
「………」
言葉には、ならなかった。
お前が好きだ。恋愛感情で好きだ。お前に触れたい。お前にとっての特別な人間になりたい。俺を好きになって欲しい。どうやら嫌われてはいないようだから、けれど好きに、俺を特別好きになって欲しい。
「黙り込んじゃってどーしたの?あれ?そーいや煙草はどうした?切れたのか?ヤニ切れか?だから不機嫌なのか?」
いちいち気づいて来るなよ。お前が俺の事を見ている。俺の事をしっている。ただそれだけで、こんなにも苦しい。苦しいけれど。お前とは一生このままの関係だろうとわかってしまっている自分がいる。
お前の側にありたい。
けれどどうしても踏み出せないのは、お前の手の届く範囲の線の中に入りたくないという、下らないプライドもあったのだ。
(護られるのだけは御免だが、お前の特別になったら、お前の護るものに入ってしまうのだろう?)
ああ、もしもお前が俺を好きでいてくれるなら。
(矢張りこのままの関係でも良いのかもしれないだなんて)
マチタさんリクエスト
銀←土切なめの話
bgm ポルノグラフィティ/ライン
楔
斬れ、といわれた。
それは俺が絶対とする場所からの命令。
苦い苦い顔をして、俺の大切な人は言った。命令だ。と。
あんたにそんな顔をされちゃあ、俺はどういう顔をしてあいつを斬ればいいかわからねぇよ、と軽く笑っておいたが、今になって彼の苦い顔の理由がわかる。
目の前に立つ男に刀を折られてから、俺も大分精進した。だから腕は以前よりいいはずだ。
けれど俺は、彼に勝てる気がしない。
惚れた弱みだとか、そういうのをすべて抜きにしても実力の差というのがあるのだ。
それを俺は嫌というほどわかった上で、こうして、彼と対峙している。
「ねえ土方クン?通してくれない?」
「ここで斬れと、言われている」
「俺とお前との仲でしょ?見逃しても」
「斬る、」
それしかないんだ、と、声にならない声で、何度も叫んだ。仕方ないんだ、とも何度も叫んだ。
勝算など無いけれど、彼が俺を殺すことも無いと知っていた。だからこんなにも落ち着いた気持ちでいられるのだろう。
俺はそう納得して、吸っていた煙草を吐き出した。
ジュウ、と音を立てて水溜りに消えていったそれを眺めて、なぜ雨は止んでしまったのだろう、と勝手なことを思った。
もしも雨が降っていたなら、音を消して、お前を逃がすことくらい……と、そこまで考えて頭を振る。
敵に情けをかけるなど、それが私情からなどと。弱くなったものだ。と自嘲する。
総悟あたりが聞いたら副長の座から引き摺り下ろしてやるといって笑うのだろう。
そんなことを考えていると、脇腹を押さえた彼が、すっと視界から消えた。
それが逃げたのではないと知っていて、俺は刀を鞘に納める。
瞬間、ふわりと、白地に水紋の袖が俺を抱きしめる。
甘い匂いに混じった鉄臭に、息ができなくなる。苦しさに、きつく目を瞑った。
「こういう運命だったんだ」
男は言った。
「わかってる」
俺は答えた。
さいごに、とキスをして、もう一度だけきつく抱きしめて。
「ねえ、十四郎、もし神様がいたなら何を願う?」
「残酷な質問だな」
そうやって俺の名前を呼ぶことも、もしもの話をすることも、甘く囁くことも。すべてが非道だ。
「答えて」
いつに無く真剣な声に、俺は再び苦しさを覚える。もっと早く斬っておけばよかった。会話を交わす分だけ辛くなっていく。
「二人で一つになれることを」
そう呟くと、彼は顔をほころばせて、けれど悲しげに俺から距離を置いて、刀を構えた。(男は珍しく真剣を持っていた)
まあ少し待て、と片手で牽制をして、煙草を取り出す。口にくわえて、それから火をつけて。
真っ暗な闇の中でそれだけが俺がいる場所の目印だった。
「どっちが死んでも恨みっこなしだよ」
苦い顔をしながら言う男に向けて、俺も静かに刀を構える。聞こえるのは、互いの息の音だけだった。
(互いに互いの腕の中で死ぬのは本望じゃあなかった、と、瞳を閉じる前に思うのだ)
ゆきさんリクエスト
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