西日堕つる殺伐

近藤さん!
確かに叫んだんだ。だけど声が出なくて、俺の耳には届かない。だからきっと誰にも届いていないんだろう。廃屋と廃屋の隙間に、立ち尽くして。座り込んだり、倒れ込んだらそれで最後な気がして、また一歩足を前に進める。
行かなくちゃ
近藤さんの所へ
ぐっと目を瞑って、痛みに耐えて足を進める。まあ実際痛みは限界を越えてしまって、痺れにしか感じないのだけれど。足を踏み出した時に、俺の足音じゃない足音が聞こえて、身を堅くした。(同時に筋肉が収縮して腹から血が吹き出てしまった)
「バカが居るアル」
聞きなれた声に肩の力を抜いて、瞑っていた目を開けた。だけど本当にぼんやりとしか見えなくて視界はひたすら暗くて、目から血でも出ているんじゃないかとおもってしまう。
「      」
出そうと思った声が出ない。なんで聞こえない、どうして聞こえてくれない。
「ゴリラんとこ、いくなら自分の足で行った方がいいネ」
一瞬、目に光が射し込んだ、そんな気がした。
逆光で顔はよく見えないけれど、彼女は確かに泣いていた。そうして俺の言葉が通じていることに何より驚いた。
「依頼なら、うけるアルよ」
万事屋だから。
「     」
やはり声が出ない。どうしてどうして。
ああ、頼む。
わかってくれ。
ガラでもないとはわかっているから
「……わかった」
通じたのか通じていないのか……とりあえずは「わかった」と言ったがそれは死にゆく人間を慰めるための言葉だったのかも知れない。
足元に広がる血溜まりに、踏みだそうとした片足をとられた。
俺はもう、抵抗することに疲れて、吹いてくる風に身を任せた。
重力のまま、地に落ちる寸前に、空から滴る滴を見た気がした。

ああ、最後に君に出会えて良かった。

残暑

なるたけ陽にあたりたくないし、できれば肌もさらしたくない。
その点において、常に日傘が必要なあいつと俺は似ているのかもしれない。
夏なんかは暑くて暑くて、実際裸で過ごしたいくらいにヒートアップする江戸の街。
あっつい服着ながらの見廻りの途中にプールをのぞくと涼しげな水音がしていて羨ましくも思う。(一応いっとくけど俺にのぞきの趣味はない)
出来れば頭から水を浴びて、そうしてショート寸前の脳内回路をクールダウンさせたいくらいに。あいつもこんな思いしながら外にでてるんだとおもったら妙な親近感がわいた。
ぐあっと上を見上げたら、ただ青くて広くて雲ひとつない空っていうのを汚したくなって。どーすりゃいーんだとおもった時に、ああ!影おくりっていう手があった!と笑えてきた。昔武州で近藤さんとよくやった、影おくり。懐かしすぎる遊びに無性に子供に戻りたくなった。(まあそう言うほどに大人でもないけれど)
だけどまあ、あいにくコンクリの上には俺の影以外にもいろいろ、建物やら人やらの影があって、俺以外に空を汚されるのがいやだったからやんなかった。
「何やってるアルか?」
「べっつに」
道路の真ん中で俺はさぞかし滑稽だったんだろうな。
「んなとこいると脳味噌弾けるヨ」
ざばっと紫色の傘が舞って、影はやっぱり送れなかった。
きっと空なんて汚せねー。太陽がギラギラ邪魔してんだ!なんて変なことを思って俺は歩きだした。

それは夏の名残だった。
赤と紫のコントラストを残したアイツとならあの空に影を送ってもいいと思ったんだ。

(空にいる故人のために自らの影を送る)

虹に触ってみたい

「よあけまえのにじをさがしにいこう」
「なんじゃそりゃヨ」
「そういう歌があった気がする」
気がするだけ、気がするだけ、と口の中で呟くと、超加速したブランコからひらりと隣人は飛び降りた。

「夜が明ける前に虹なんか見えないアル」
汝、隣人を愛せよとどっかの聖典が言ってたけれども、年上にお前呼びするようなガキンチョは愛せないと思う、俺は。
「ねーなァ」
超加速とまではいかないが、それなりに加速したブランコから飛び降りてみる。隣人のようにひらりとはいかなかったが着地は成功した。あ、なんかちょっと楽しいかもしれない。
「探しにいかないアルか」
「めんどくせェ」
「じゃあ見つけてきてやるネ」
なんて子供なんだろうかと思ってしまった。純粋、とでもいおうか。俺には全くなくなっちまった心。
18になりゃ酒だって文句言われずに飲めるし、一人前に見てもらえる。だけどその分、純粋なんてもんは無くなる。たった4年の差とはこれほどにも大きい。
4年か。俺はその4年で何を得てきたのだろうかと思ったら、隣人がいるじゃないかと耳奥から声がした。
だってそれ以外に手に入れたもんなんてなんもない。あるとしたらこの背中に乗っかってる亡霊様たちだろうね。
「じゃあ頼んだわ」
ポンポンと薄桃色の頭をたたいて立ち去ろうとしたら、後ろから馬鹿にすんなサド男め!と声がした。
純粋っていうのは撤回だ。

虹なんて探さなくたって、お前は充分プリズムを発する威力をもっているんだよ。

まあ、俺限定かもしれないけれど。

カウントダウン!沖+神

「あーしたてんきにな――あ―――れっ!」
片足を半歩下げ、地面から離して、勢いよくそれを振る!靴は軽く脱いでおいて。
さぁ飛びます。飛びます。黒いそれは綺麗に飛びました。大きく大きく弧を描き綺麗に着地―――――

カパン



靴は目の前の少年に直撃しました!しかも脳天ど真ん中。(ある意味キセキだから明日はヒョウがふるかもしれません。ご注意!)
そうしてそのまま地面に着地、コロコロっと転がってちゃんと靴裏が地面につきました。
「明日は晴れ」
「…おぅチャイナ、その前に言うことあんだろ」
「ねーヨ」
明日が晴れでも雨でも私は傘を差して歩くのですから!台風だろうがヒョウだろうが雪だろうが手放せない傘は君の腰に差す剣と同じですから。
「仕事しろヨ税金ドロボー」
「仕事のジャマすんなよ怪力酢昆布娘」
なんて他愛のない地球的日常365日(時に366日)
そしてあたりまえに明日が来ると信じて止まない私たち。
「明日はきっと酢昆布が降ってくるヨ」
だから無駄な抵抗は止めなさい地球人共!今日は地球最後の日。
私は傘を目一杯空へのばして日を浴びた(クラクラした)
「じゃあまた明日」
なんて言わないのは、やっぱり明日を信じてるから?

カウントダウンは始まった

(今いる世界に別れを告げて!)

変わらぬ日常に万歳!

「腹が痛いアル」
「…あの日か?」
フザケンナボケという声と共に弾丸が足元を掠めた。彼女は橋の欄干の上をくるりくるりと傘を舞わせながら歩んでいた。そこから川へ落ちるような馬鹿なことはないだろうが、視線を上げると見えてしまうようなギリギリのチャイナの裾はいただけない。
「夜兎にそんなもんないアル」
「へー」
じゃあどうやってお前の父ちゃんと母ちゃんは生殖したんだ。あれか?カタツムリみたく触覚が生えてくんのか?これだから浅はかな知識の子供は……なんて思ったのだけれども、実際どうなんだ?さてはて、夜兎の生殖などさっぱりわかりはしない。見た目は同じ人間なのにそれはよく分からない差である。
例えば彼女と俺ならばズワイガニとタラバガニみたいな違いだろうか?見た目は同じカニに見えるが一方はヤドカリ。
じゃあ皇国星のバカ王子と俺だったら…見た目が違うからさながらサルと人間の違いか?
さてはて、そんな事を考えている間に欄干は終点だ。羽根みたいに軽い音を立ててそこから飛び降りた彼女のドレスが目に眩しかった。
そうしてくるりとこっちを向いて―――いや、傘の中に顔が隠れてたからこっちを向いてたのかどうかは知らない。とりあえず体は正面を向いていたから、夜兎の首が180度回らないというならばそれはこちらを向いて―――言った。
「心配してくれなくてもけっこーヨ」
「心配なんかしてねェよ」
その代わり生殖の事を考えてたなんて言ったらきっと俺めがけてアッパーが飛んでくるんだろうなぁ、なんて思ったりして。
何にせよ彼女と俺とが"違って"も結局俺の感情全ては、例えば俺と近藤さんのような人間同士に感じるそれと"同じ"なのだ。
まあだからそんなわけで。
「腹いてぇのはもういいのか」
「夜兎の回復力なめんなヨ」
こうやって少し心配をしてみたり、
「じゃあ殺るか」
「上等アル」
こうやって戯れたりする事に種類の違いがあっても許してくれよカミサマ。
あれ?カミサマなんていたっけ?
疑問は開戦の銃弾音で吹き飛ばされた。

変わらぬ日常に万歳!

最低に恋しよう10年後位

(身体がゆっくり引き裂かれていくのを感じたことって、ある?)
その女は縁起でもないことをすっと笑っていった。それから
(無理、無理だってば、ね、ぇ、)
と、俺の手の下でケラケラ笑い、抵抗するように腕をバタつかせた。
抵抗にも見えないそれに、
(真面目にやれよな)
と語ると、
(本気出したらおまえが死ぬしなぁ、)
なんて目でこちらを見た。組敷いているのはこちらのはずだったが、下に見られている。しかし反論も出来ず、舌打ちをしてやった。
かなわないことが多すぎた。どうしてそんなに必死になって俺を責めるのか知らないが、彼女のその目にはたしかに
(オマエノセイダ)
と書いてあった。
思うに女は地上に縛り付けられ続ける俺に飽いていたのだ。それでも空気と重力があるこの場所に戻ってくると、必ず会いに来て、「変わらない日常」を演じていた。
この腕の下で、白い肌の女は戯れと言わんばかりにクスクスと笑う。
(なら、嫌なこと言うなよ)

《身体がゆっくり引き裂かれていくのを感じたことって、ある?》

それは多分、彼女の体験である。本当に引き裂かれたかどうかは知らないが、この広い宇宙の事だ、何があってもおかしくない。
(また帰ってくる、から)
今度もこうして殺し合わない?と言うその唇に、血の赤さを見た。なあ、間違ってるよそれは。
(愛し合おうの間違いだろーが)
照れたのだ、俺も、彼女も、血が、たぎって。
(そしたらこのカラダ、引き裂いてくれる?)
勿論だとも言えずに、その唇をなぞる、指は冷たかった。

最低に恋しよう
(こんな僕らの愛ってどうなの?)

ばかなうさぎは愛に干からびて死にます

久しぶりに傘の下から出たら、あっさり熱を出してしまった。確かに、あの陽の光はいけなかった。けれどひとつ言い訳をするのなら、梅雨が明けた、あの夏と言う季節の綺麗な空を見上げたかっただけなのだ。

(ばか、)
星を求める虫のように、空を求める魚のように、私はばかなことをしたのだ。
皆が寝ていろと言って私を床に寝かしつけたけれど、布団なんて要らなかった。(けれどご丁寧にも薄手のそれはかけられていた)氷枕や冷却シートなんかは、生ぬるくなって気持ち悪いだけ。
熱い。
もしかしたら私の身体は溶けているのかもしれない。
顔なんかは特に、頬っぺたの火照っているところからどろどろ、溶け出してしまいそうだ。
あんまりにも暑いし苦しいから、さっきまでうんうんと唸っていた私は、遂に気力がなくなってしまった。多分、端からみたら私はぐったりと倒れた死体のように見えるのだろう。

「あ」
小さく、声が聞こえた。 辛くて目蓋は開けていられないから、情報収集は耳しかない。
だから、その声と、足音と、扉が開く音がしたのに気づかなかったのは、意識が闇に溶けかけていたからなんだろう。居眠りを邪魔されたみたいで、なんとなくムカついた。
「おー…死んでる」
声は、若く低い。その声を私は知っていたし、だからこそ余計にムカついたのだ。
「………」
生きてると言いたかった。できれば殴ってやりたかった。だけどその両方とも出来ないくらいに私は弱っていた。布団の中から手だけ挙げて、唸り声を出した。それが今の私の精一杯だった。
「おやまァ、重症じゃねぇか」
普段の応酬も、軽口も叩けない私に向かって、なんて非道な。そうは思ったけれど、何も出来ない。
(あつい、みず)
声が掠れてしまっていて、その言葉が音を出すことはなかったし、彼に通じることを祈ったわけではない。
「あ、口そのままな」
何?と聞こうとしたのだけれど、それよりも前に、パキッと小気味良い音がした。私は多分、それの正体を知っていた。だから抵抗もなかったのだ。
次の瞬間に、口の中に入れられたのは冷たい、棒アイス。
甘いのと冷たいのと、水分で、身体が喜んでいるようだった。なんとか腕を伸ばして口に差し込まれたそれを掴む。
冷たい。
手のひらが冷えていくのと、体温で溶けた甘さがゆっくり口の中に下降してくる。これなら声も出そうだ。
「あ…」
瞬間、 ありがとうと言いかけて口をつぐんだ。私がアイツに感謝を?ありえないありえない。
あつくて、頭がおかしくなってしまって、だからそんなことを言いかけただけで。
「苦しいか?」
もしも額にあてられた彼の手が冷えていなかったら、私はその手を振り払っていたのに、ひんやりとしたそれが気持ちよくて。

(うっすらと目蓋を開いた先に、半分こしたやさしさが見えただなんて)

君よ、またいつか3Z的現代パロ

土砂降りではなかった。けれども小雨と言うには強かった。
あと10分程度なら、傘がなくてもたいして濡れないだろう。きっと、通り雨だ。
そう思って自転車を漕いでいた。つよく、つよく。ビュンビュンと流れる風と雨で、夏の暑さが緩和されていく。
10分。
10分だ。
たまにブレーキをかけると、湿気のせいもあってか、それは耳障りな程にキィキィと鳴った。(オイルを注せ、とあの女は言ったが、注し方がわからないし、そんな道具を買う金もない)
雨で曇る視界の中で再び時計を確かめる。しかし2分しか進んでいなかった。と、いうことは、あと5分もしないうちに目的地に到着してしまう、ということだ。
そう考えて一瞬、ペダルを漕ぐ足を止めた。タイヤは勢いのまま回ったが少しばかりスピードが緩んだ。正直なところ、濡れるのもはやく到着するのも嫌だった。
しかし、雨が弱くなる気配はなかった。だから、雨が止むのを願うのは諦めて俺はまた漕ぎはじめた。それに、もしかしたらこの先は、雨が降っていないかもしれない。


駅についた。
忙しない人混みをわけて、女から聞いていた場所へと向かう。
登りの新幹線、三番、指定席は五車両目。
あたりをぐるりと見渡すと、目立つ髪の色の女が立っていた。
夕暮れと似た薄色の髪は、ホームのライトに反射して夕陽のように光っていた。今は雨であるから別れのシーンには少し情景的な何かが足りないな、なんて思っていたのに、その色のせいで情景はあまりにも揃ってしまった。揃いすぎてなんだかなぁ、とひとり不平を漏らしてみたり。
徐々に女との距離をつめなる。女は最初、ぼんやりと電光掲示板を見つめていたが、ふと顔を下げた時に俺をみつけたらしい。露骨に嫌そうな顔をして「来なくていいっていったアル」と第一声がそれである。
「来たくなかったっつーの」
少なくともこんなに早く来る予定ではなかった。新幹線が出てしまうギリギリで駅について、ホームでほんのすこし顔だけ見て『終わろう』と思っていたのに、雨が降っていたものだから、濡れるのが嫌で早く走ってきてしまったのだ。結局、あの雨のなか漕ぎ続けていたためにひどく濡れたが。
「……なんでそんな濡れてるアルか」
「チャリなのに雨降ってきたからな」
「ふうん…まぁ濡れ鼠がお似合いヨ」
「水も滴る…って知らねぇのか?」
「オメーには絶対使わない比喩だってことは知ってるアル」
「かわいくねーの」
「かわいくなくてけっこーヨ、あ……」
言葉を終えると、タイミング良くホームに案内のアナウンスが響いた。線路の向こうに小さく新幹線が見え、それはどんどんと近づいてきた。
別れの時間か、と女は呟く。
「じゃあな」
俺からそれを切り出すと、一瞬曇った顔をして、それからいつもよりもくしゃりと歪めた顔で笑って、それから、手に持っていた傘を差し出してきた。
「これ、お気に入りなんだから、絶対返せヨ」
照れたように、俯いた女は、夕陽ではない赤に頬を染めていた。
(うん)
俺は一人心中で頷く。人生には様々な分岐点があるが、まさにその時が分岐点だった。もしその傘を受け取らないという選択をしたら世界はどう変わっていただろうか。

(けれど、『受け取らなかった』という未来は、見えなかった)