走馬灯を知っているか、と高杉が聞いてきたのは、戦が始まって直ぐの頃だった。
「見た奴がいるらしいぜ」
「へぇー…生きてんのか…よかったじゃねぇか」
面白そうに語る高杉とは反対に、興味のなかった俺はただそれだけ言って、その場を離れた。あの時もっと話を聞いておけばよかったと後悔することになるのだが、その時の俺の頭には、その日死んだ戦友のことばかりあって、周りが見えていなかった。
走馬灯を知っているか、その俺にとって二度目の質問をして来たのは坂本だった。
「見たち、息巻いた奴がおっての」
「知らねぇよ、そんなに良いもんだったのかそりゃ」
「昔の楽しかった記憶を思い出すんじゃと」
わしは見とうないがな、と笑った坂本に、何故?と首をかしげると、まだ死ぬわけにはいかん、と言われた。一理ある。
「もし見るなら、金時おんしゃ、何が見たい?」
★
それはあんまりにも一瞬。気付かなかったのは俺の不注意だが、長刀は卑怯だった。(いや、戦に卑怯もくそもないのだが)
あ、と思ったときには、肩から脇腹までバッサリと斬られていた。
これは出血多量か失血性のショックで死ぬだろうと冷静に思って、身体が地面に叩きつけられるのを待った。コンマ数秒後に硬い砂利が混ざった土に伏すと、斬られた部位を踏みつけられた。痛みに叫びながらも、俺を斬った相手の首まで刀を振った。相手の叫びと、どす黒い色をした液体が勢いよく降ってきたところまでは意識があった。しかしその次の瞬間に、意識は別の場所に飛んでいた。
明るい、光が見えた。
「おいで、銀時」
その声は忘れかけていた声。
「こっちだよ」
振り向いた先に居たのは、彼だった。けれどはっきりと顔が見えない。
あっと声を出そうとすると、パッと場面が変わった。
そこは、戦場だった。あちこちから火が出て、焼けた人間の臭いが鼻についた。俺はそこで何かを探すように生きていた。死体から剥ぎ取った刀を腰に下げて、生きるための道具を探してまた死体に触れて。くるりと後ろを向くと、桂と高杉がいた。まだ幼い姿の二人は俺の方へ駆けてきた。
近くで花火が上がった。
刹那、これが走馬灯か、と理解をした。
花火には色がついていなかった。白と黒で、激しい音だけが聞こえる見上げていた視線を地上に戻すと、見慣た場所が燃えていた。赤く、赤く、炎上するのは俺が学んだ場所で、彼の家で。
「 !!!!!」
叫んだのに声に成らなかった。ただ、ひどく血の味がした。
★
「――ゲホッ!!ゴホッ…ハッ!オ゛ェ……っ」
「銀さん!よかった!目が覚めたんですね!ああっ!大丈夫ですかっ!?今水持ってきますんで!」
「ゲホッ…新、八……?ゲホ」
全身が痛かった。それから、息をする度に胸が苦しくて。むせた喉からは血の味がする。
そして先ほどの光景。ああ、またか。
「銀時、随分うなされていたな」
横から桂の声がした。痛みを耐えつつ声のした方に顔を向けると、部屋の隅に桂が座っていた。
「また見ちゃったよ…ゴホッ……もう……いっそのことギネス申請してもいいかも……ッ」
「喋るな、縫った傷口が開く」
「あーでもね……やっぱりだめだったわ」
吐き気が込み上げたのでそこまでしか言えなかったが桂は察しように頷いた。
はじめて大きな怪我をして意識を無くして、昔の記憶を見た時に、皆にその内容を言ったら微妙な顔をされた。信じたかどうかさえもわからない。けれど俺が怪我をして何かを見る度にそれを話すので、桂なんかは信じてくれているようだった。
もう何度目に、なるのだろう。
いつまで、俺は彼の笑顔を探していればいいのだろう。何回見ても彼の笑顔が思い出せない。ダメだった、と俺が言うのは、彼の笑顔をまた見られなかった、ということだ。どうして思い出せないのか。記憶が酷く脆いからか。
「ゴホッ…」
血を吐いた。口の中からまだ血の味がする。
★
走馬灯を知っているか、と問うたのは俺だった。知っていますよ、と、答えたのは彼だった。
「本当は灯籠なんですよ、影がくるくる回る、ね」
そう言って笑っていた彼は、俺の先生だった。
「いつか見せてあげますよ。あ、灯りの方だけですよ?」
先生はやはり笑っていたが、やっぱり顔は見ることができなかった。
(写真のひとつでもあればよかった)
いつになっても思い出せない先生の顔と声。多分これからも忘れていくのだろう記憶達。
生まれてからの記憶がすべて残っている人間がいたのなら、俺はその人間の元まで行って、頭を下げてその記憶力の秘密を請うだろう。
どうしても欲しい記憶があった。
(もう俺は彼の顔を思い出せない)
人の記憶は儚いと言うが、どうして大切なことまで忘れてしまうのだろう。
(はっきりと思い出せない彼の微笑みを、もう幾十度繰り返したのだろうか)
だから、俺は
あの日最後に見た笑顔も、忘れてしまった。
((夢は掌をすり抜けていく))
古川朋弥さんリクエスト
bgm 山崎まさよし/one more time, one more chance
One more time, One more chance
地獄先生3Z 沖田視点
確かに、そうなんじゃないのかな、と思うことは今まで何度かあった。
例えば、眼鏡の奥から、僕たちに見えない何かを見ているような視線を送ったり、壁に向かって話していたり。
けれど僕はその普遍性とかけ離れた彼の行為を誰かに言いふらすこともなかったし、だからといって放っておくこともなかった。
ああ、また変なところで変なことをしている。ほらまた、ああ、また。
そうして僕は暇つぶしをしている。
要するに彼を見て暇つぶしをしているのだ。
もしも僕に好奇心というものと同様に行動力が備わっていたのなら、先生が何を見ているかだとかどうして壁に向かって喋っているのだとか、そういうことを本人に聞いたり、もしくは噂話から嗅ぎ付けたり、もっと知ろうと思ったりするのだろうけど、生憎そんな行動力は持っていないし興味もそれほどない。
「ああ、またやってる」
だからそれも僕の独り言だった。(筈だった)
「銀八センセーアルか?」
独り言が砕かれる声がした。
僕はその声に答える義務も責任も持ってはいなかったけれど、ただ僕だけに向けられた声を無視するのは、円滑な人付き合いというものに背くもので。
「いったい何をしてんだろうねぇ」
答えるように、それでも独り言であるというスタンスは崩さないように、僕は呟く。
「ユーレイと話してるんじゃないアルか?」
聞こえてきたのは非科学的、いや、もっと違う、非現実的な言葉。僕はそれにこたえざるを得ない。
「ねーだろ、そりゃ」
「センセーがかけてるメガネ、アレがポイントアル。アレを通してみるとユーレイが見えるってもっぱらの噂アルよ!」
いつの間にか成立している会話と、彼の非普遍性を感じていたのが自分だけでなかったことに、僕は少し落胆する。
「ユーレイ、ねぇ?」
非科学的だけれども、なかなかどうしてそそられる単語だろうか。たとえばそれが不可解な現状を体現的に表す都合のいい言葉だとしても、彼女は(そして僕も)どうやらそれを信じているようだった。
「メガネかけてユーレイが見れるなら外せばいいのに」
「ワタシは見たいアル」
「そのメガネじゃ見えねえの?」
僕は彼女の顔にあるメガネをさしてそう聞いた。ぐるんとしたビン底のそれ、きっと僕の視力では逆にぼやけてしまうのだろうけれど。
「見えたらこんなこと言ってないネ」
「ま、そうだよな」
僕たちは温かい教室の窓から、びゅんびゅんと強い風の吹く中、枯れた桜の木の下に立っている彼をただ眺め続けた。
しかし僕にはどうしても、提示された一つの答えが捨てきれなかったのだ。何故なら僕は、彼の視力がいいことも、そのメガネがダテであることも知っていたのだ。
「ちょっと貸して」
メガネを、と、自然に手を差し出してみれば彼女はひどく嫌そうな顔をした。
「嫌アル」
「そーいうと思った、よっ」
僕が手を宙に浮かす、彼女は僕の動作につられるように反応する。ひっかかった、ともう反対側の手を伸ばして、僕は彼女のパーツをさっと外した。
「あ!」
何するアル!と大きな声。彼女が返すようにと僕の手を掴む。それを振り払う。掴む、払う。
繰り返すけれど本気ではない。多分これは僕たちにとっては単なる遊びであって、猫がじゃれあう様なものである。
ああ、そんなことよりも、と僕は手の中で揺れるメガネを目に近付ける。
僕なんかがメガネをかけたらきっと何も見えなくなってしまうだろうけれど、と、覚悟をして。
( アレ )
何だおかしいな、と思ったのは、一瞬だけ桜吹雪を見たからだ。一瞬だけだったのは、そのメガネを彼女に取られてしまったからなのだが。
「油断も隙もないネ!」
まったく!と怒っている彼女に、普段の僕なら言い返せていたところなのに。
(言い返せなかった、だって僕は見てしまったんだ)
季節は冬、時は夕暮れ、居るはずのない着物の人は誰?
まなかさんリクエスト
3Z 銀八+沖田+神楽
bgm 相対性理論/地獄先生
掌高桂 シリアス
やあ、と、通りで何事もなく高杉と擦れ違った。
その日、晴れた空の下。
彼は、俺を斬った。
もしも人間に反射神経がなかったら、そして、俺のそれが人より少し勝っていなかったら、今頃俺の首は胴体を離れ、地面に転がっていただろう。
ただ、首の代わりに手を切られた。
掌がぱっくりと割れている。酷く痛いが、首よりはましだと思うことにした。
高杉はすでに刀を納めていて、道には独り、手から血を流す俺がいるだけ。周囲の人間は多分高杉が刀を抜いたことさえ気づいていないだろう。
しかし突然立ち止まった男二人(そのうち一人は血を流していて、一人は奇抜な格好をしている)が目立たないはずがない。周りがざわついた気がした。
しかし高杉は周囲を見ることなく、俺だけに笑いかけてきた。憎たらしい程に口角をあげて、目を細めて。
『こっちにこいよ』と手を伸ばした男は美しかった。しかし俺はその手をとりはしなかった。
(手を繋ぐよりも、身体を合わせるよりも、俺達はまず、言葉を交わさねばならなかった)
「俺は、いかんぞ」
「……何故?」
彼の低く脳を擽る声がした。ああ、数ヶ月振りの肉声である。「貴様が一番理解しているはずだが」
「まあな」
俺達は結局水と油でしかなかったようだ。誰かが中間に立てば少しは混ざり合うことが出来るが、二人だけであると、全く混ざらない。
そんな違う俺達だって、最初は同じだったのだ。
(そう、はじまりは、同じ)
なのに。
「次に逢ったら…斬るといっていたからつい手がでちまった」
「いい、お前は間違っていない」
はは、とちっとも悪びれた様子のない高杉は、あの日のその時、俺が間違っているのだとわからせてくれた。
「間違ってたのは…俺だ」
まだ戻れると甘い考えをしていた。戻れないと知った時、ずくんと古傷が痛んだ。
俺達は想いあって、殺伐と自らを殺しあった。それでもこの世界は俺と彼という個人を認めてしまうのだ。認めても、「本当にわかって欲しい人」にはわかってもらえない。少なくとも俺がそうであるから彼もそう思っているはずだ。
「さて、どちらを選ぶ?」
「………悪いが」
お前はもう選べない。いや、選択肢にすら入っていない。お前は過去(に妄執しているだけ)の人間だ。未来の無い男を選ぶほど俺も馬鹿ではない。
「いや、馬鹿だろ」
寧ろ道化だ、と笑みを絶やさない男に手を引かれた。
ぬちゃりと血が音を立てる。何故斬れた方の手を掴むんだ阿呆が!と叫んでいたのか、いなかったのか。
男は矢張ケタケタ笑うと、愛してるぜ、と声を上げた。
(血は二人の跡を残して)
紅景さんリクエスト
bgm Mr.Children/掌
futuristic imagination高杉視点
風である。
血なまぐさい全てが、風になって廻っている。足は誰かの(俺の?)血を吸って重いが、走るしかない。
壱つ。視界の端に、靡く長い髪が見えた。あの男は、なかなかどうして美しい剣術を捨てきれない。しかしそれは時として淡々とした(無感動な)剣に見えて恐ろしさも感じる。
双つ。遠くで怒号が聞こえた。
普段温厚で笑顔の人間程怒りは怖いと言うが、あの男に関しては、それが怒りであるかすらわからないから余計に恐ろしい。
満つ。しかし一番恐ろしいのは、白い夜叉である。
いつ、どうしてそのような名が付いたのか、男はその名を持っていた。
死に装束にも近い真っ白な服を好んで着た男は言った。
「(戦場で)目立つようにしてんだよ」
と。
「寝れねぇの?」
その日は酷く冷え込んでいた。季節は冬だと言って間違いはないだろう。風が冷たい。昔感じていた耳が千切れるような痛みも、指先が動かなくなる感覚も、今では身体中についた傷の方に向かってしまって、季節の痛みは行方不明である。だからか、眠れなかった。俺は、この身体の痛みすらなくなってしまうのに恐怖を感じていた。
「………寝れねぇよ」
胸を抉る痛みは、冬の寒さからでない。いうならば、この男から醸し出される今にも壊れそうな雰囲気と、自身の不安からだった。
俺は、この男に良く似ていて、そして全く違っていた。だから俺は男がもうすぐ居なくなるだろうということも知っていた。
しかしこの男ならそれが許されるだろうという微妙な確信めいたものが俺にはあった。
俺は、この男になりたかった。
戦場を駆ける白が居る。
それだけで士気が上がった。
(『お前さえ居れば大丈夫だ』と、俺達は不確かな期待をすべて彼に押し付けていた)
「銀時ィ!!!!」
耳鳴りのような風が、吹き抜けていく。叫んだのは俺だ。天を割るように空気が凍りついた。目の前には、死体(になるだろう生き物)。足元には人間(であった魂の入れ物)。
敵を見るための目玉と、味方を見るための目玉とあった筈だが、俺は片目をやられてしまった。だから俺は残った目玉で、敵を見ずして、銀色の髪を探していた。
壱つ。靡く黒の髪
双つ。怒号は空の上
満つ。希望は行方不明
あれだけ目立つ白の装束が、いまこの目には届かない。
気づいたのだ。
(お前はもう戻らない)
だから叫んだのだ。
「銀時!!!!!」
大嫌いなお前の名前を叫んだのだ。
ああ、俺は。
(お前を許せるだろうか)
かえでさんリクエスト
bgm School Food Punishment/futuristic imagination
no.001攘夷4人
酒は良いな、と銀時が言ったので何故かと問うたら厭なことが忘れられるとのことだった。
本当に忘れてしまえるわけがないだろうと言ったら苦笑で返された。
そんなことは銀時だって知っていたのだ。だから苦笑された。余計なことを言ってしまったな、と反省するが、一度口から出た言葉はもう戻らない。
「高杉、お前もどうだ?」
「もうある」
高杉は背を向けたままだったが燗をあげてこちらに見せた。
何時の間に、と思ってその隣の男を見ると大きく口で笑った。いつもへらりとしている馬鹿だが気の利く男で、あの気難しい高杉も心を解しているようだった。(否、酒の所為であろうか)
銀時ではないが、確かに酒は良いものかもしれない。
手の震えさえ収めてくれるのだから。(もしもだれかに指摘されたらこれは恐怖でなく武者震いだと嘘を吐くのだ)
「勝てると良いな」
「…ああ」
また余計なことを言ってしまったかな、と、銀時が返事までの間を開けた理由を考える。
「ヅラァ、負けた時は死ぬ時だ」
高杉が振り向いていた。そうか、と俺は頷く。
「では勝とう。俺達の未来の為に」
「そりゃよかことじゃー」
坂本が笑い、場の空気が和んだように思えた。不思議な男だ。
明日俺達は手を血に染めるというのに、何故こんなにも心穏やかなのだろうな、と漏らせば三方から別々の返答が返ってくる。それが心地よかった。
未来を創りに行く、真っ白な地図帳を手に入れた。
no.002土+沖
はぁ、と大きく溜息を吐いて書類から顔を上げた土方の目に、見慣れない(というより久しくみたことのない)ものがあった。
「シャボン玉……?」
ふわりと目の前を飛んでいたそれは、ブツンと消えた。なんでこんなもんが屯所にあるんだと、それが入ってきたであろう方へ目を向ける。すると障子の隙間の先に見慣れた背があった。
土方は立ち上がりその影に声をかけようと障子を開け放った。
「煙草くさい」
彼が口を開く前に、沖田が声をあげた。手には湯のみ、口にストローをくわえて。
煙草くさいのはいつものことだ。と、彼は一蹴して湯のみの中を見た。沖田ぶくぶくと液体の中に息を吐きこんでいるため、泡がでている。
「土方さんもやりたいんですか」
「誰が」
「たのしいのに」
「んなもん餓鬼のやるこった」
「ふん」
それでも今やんなきゃいつやるんですか。もし今やらなかったら、あんたなんて一生シャボン玉やる機会なんてないのにさ。と、不機嫌そうに言う少年に、次やるときに誘ってくれりゃいいじゃねえかと反論すれば、変な約束してたら死んだときに後悔が残るじゃねーですかィ、と笑われた。
確かにそうだと膝をついた土方に、少年はしてやったりという顔をした。
no.003銀+坂
「ん」
季節は秋、彼岸の頃だ。彼岸花が咲き乱れたあぜ道を歩く俺は、 “そこ” に見慣れぬ人影を見つけ、躯を硬くした。
その人間は、ちょうど、ちょうど “そこ” に立っていた。
それは、俺が用のある其の場所で、その大きな男は片腕をあげて、その周りに酒を撒いていた。
「坂本」
俺が名を呼ぶとそいつは振り向いた。
「なんじゃ、銀時、おんしもか」
こいつがまともに名前を呼ぶ時はぼうっとしている時や無意識に浸っているときだ。まあ、今は、無理もない。
「まあな」
“そこ”はなんて事のない更地で、土に所々雑草が生えているくらいの、本当に適当な場所。だが、俺たちにとっては忘れられもしない場所だった。
「今年は彼岸花がキレーに咲いちょる」
今年は、と云うところからしてこいつも毎年毎年来ていたらしい。が、今まで出会ったことがなかったのは単なる偶然の産物か。
「去年は雨じゃったきに」
「去年の事なんてなんも覚えてねェよ。」
「じゃが今日の日付はちゃあんと覚えとった」
「忘れられたらいいのになァ」
俺がぼそりと呟いた一言に、坂本は手を止めた。
「忘れたらいかん」
それまでへらり笑っていたくせに、突然真剣な顔になって、俺に、強く言った。
「いかんぜよ」
「・・・ああ」
わかっているさ、だってこの場所に誓ったんだ。
『一生忘れはしない』と、更地の花に、誓いを立てた。
(だからそこは俺達の戦場で、墓場。)
no.004沖+山
「沖田隊長に怖いものなんて無いようにみえます」
山崎は微笑を口に含みつつ言った。
「あるに決まってんじゃねェか」
その一言にむくれた様に沖田は言い返す。
「俺ァ土方さんが怖いよ。それに近藤さんに嫌われることも。人が死ぬことも。人を殺すことも。誰かに認められないことも。それに…・・・・・ああ、やっぱ言わねェでおくわ」
「言って下さいよ」
この、年下でありながらも権力者である少年に敬語を使い話すことや、従うことに山崎はちっとも違和感を覚えなかった。(といっても沖田は権力などには興味がないし、山崎は己が信じた人間についていくという律儀な性格をしていたから、そこになんら不自然はなかった。)
それに山崎は、彼がまだ少年だということも知っていた。数年前まで、自分も少年であったから。
「人には秘密にしときたいことがあるもんさ」
「そうですか?」
「じゃぁ山崎には秘密がねェのかィ?」
「ありますよう」
「だろ?」
沖田はからっと笑って、続けた。
「他人の秘密をバラすのは簡単でも、自分の秘密をバラすのはなかなか勇気がいるもんさ、お前は運がよかった。俺の秘密を三つも知ったんだから」
「でも四つ目は教えてもらってませんよ」
「あたりめーだ。俺はそれを墓場までもってくつもりなんだから」
じゃあ死んでから教えに来てくださいよ、化けて出たことは副長に内緒にしておきますんで、と言うと、沖田はさらに声を上げて笑った。(この少年がここまで笑うのは始めてみたと山崎は思った)
「じゃあ、死んでから、な」
no.005沖+神 神楽の成長速度が遅かったならの話
どうしてオマエは死ぬのが怖くないんだと、彼は言った。私だって死ぬのは怖いと言ったら嘘だろうと驚かれた。私は人間ではないけれど、いつかは必ず死ぬのだと力説をするが、それでもオマエはゆっくりと老いるじゃないかと一蹴されてしまった。
初めて出会った頃の彼は、確かに少年だった。けれど今、彼は青年だ。(そりゃ多少、幼さは残っているけれど)
私は全く変わらない。幼いままの身体。私の成長はゆっくりと進む。
「俺の方が早く死んじまうなァ」
「憎まれっ子世にはばかる、っていうアル。お前は平気ネ」
言うじゃねえか、と、彼は言った。
「じゃぁお前が帰ってくるまでは生きててやらァ」
私は何も言えなくなった。だって死ねとも言えないし、ありがとうなんて言いたくない。ただ私はその時、浦島太郎の話を思い出して、地球に生まれていれば良かったと思っていた。そして何か別れの言葉を言わなければいけないのではないか、と、頭を回転させてそれを考えていた。
「・・・私が帰ってきたら、決着つけてやるネ」
『それまで衰えてんじゃねーヨ。』と鼻を鳴らせば、彼も同じように『テメーも死んで帰ってくんじゃねーよ。』と言った。それは至極いつものやりとりで、けれど違うのは、私はこれから宇宙へ飛ぶということ。
ちょっとのあいださようなら。
私、浦島太郎にならないように、はやく帰ってくるね。
no.006坂本と 殺伐
霧雨とでも云おうか、そんな雨が降っていた。
雨のような音でなく、小川の流れのような音がさあさあと。
傘など持たない俺の着物はしっとり重くなり、それは肌にじっとり張り付いている。
寺の灯篭に背を預けたまま俯いていると、後ろから足音がした。
ズキズキと痛む頭と、ジリジリと雨に滲みる傷が俺の思考を鈍らせていた。
「わしが幕吏じゃったらどうしとうと」
突然聞こえた声と同時に、俺の視界は一気に暗くなって雨がやんだ。
聞き慣れた声が脳に思考力を与える。
「さか、もと」
名を呼んだ理由は忘れた。本人かどうかの確認だったのかもしれない。けれど回り始めた思考回路は止まらない。
「俺を、殺、せ」
地面の上で泥に埋もれ始めた刀を掴んで、男に押しつけるように渡した。
そうして自分は処刑を待つ罪人のように目を瞑り頭を垂れた。
数秒してから、抜き身の刃が首に当たった気がした。
俺はそれに涙を流したが、それは雨水と混ざって地面に吸い込まれていった。
気のせいだと言ってくれ。
だが、君に殺されるのも悪くない。
君の手にかかり死ぬ
何度も望んだのに、どうして苦しいのだ
no.007過去土+沖
彼は神聖な儀式でもするかのように、束ねた髪に小刀を当てた。バサリ。黒の尾は身体から分離し、日焼けした畳に落ちた。
「まだ続けるのか」
「………動いたら危ねェでさ。あと…今話しかけたら丸坊主にするから」
俺はそれに閉口した。言葉と共にヒュっと頬を小刀が掠めたからだ。
髪を切る事の何が面白いのかは知らないが、彼は楽しんでいた。いや、それよりも真剣で、もっと言うならば殺気立っていた。
髪を切ろうかと呟いた数分前、じゃあ待っててくだせェといった彼が戻ってきた一分前。あれよあれよという間に俺の髪は長髪から短髪へと変化していた。
彼はこの黒髪をぶつりぶつりと切り(小刀だけでよくやるもんだ)、幾度かといた。切られたそれが首から背へとパラパラと入ってきてこそばゆかった。
常日頃小うるさい彼が静かに事を運び続けるのが妙な気もしたが口を出せば丸刈りにされかねない。そのまま数分黙りこくって好きなようにさせていたが、急に煙草が吸いたくなった。急にというか必然というかとにもかくにも吸いたくなった。
「煙草欲しいんでしょ」
突然ピタリと言い当てられて寒気さえ感じた。何故わかった?
「貧乏ゆすり」
彼はクスクスと笑い、短くなった髪を盛大にかき乱した。
「よしおわりっ!ちょーっとこっち向いてくだせェ」
向いてくれという割には俺の顔を両手でつかんで向かせるあたりいつもの彼らしかった。
「ヒュゥ、かっくいーい」
口笛を吹いて、にこりと笑って、いつものようでいつもとは違う少年を無視し煙草に手を伸ばす。同時に背後から差し出された手鏡を覗くと、向こう側に見慣れない自分がいた。整い方は悪くない。
「伸ばしたくなったら言ってくだせェ、俺ァ長い方も好きでさァ」
「誰が言うか」
『もう過去の自分とは違うのだ』(と、手鏡の中の俺は言った)
ふふん、と笑った少年は俺の後ろでどんな顔をしていたのだろう。
no.0083Z坂高
「期待値を求めよ」
「さらば救われん?」
いやいやいやいや、ともじゃもじゃは首を振る。そうじゃなくて、Xの期待値を求めてね。だってさ。
「そうしたらXは救われるのか?」
「…救われるろ?」
「ふーん、じゃあ求める」
結局求めた期待値は13/32だった。なんて中途半端な数字だ!
「何これムカつく」
「仕方ない、期待値なんやき」
ああ、これでXは救われたのか?救われたとしても腑に落ちない。ああいやだいやだ。俺これから期待値なんて求めたくない。
「期待値は何を期待しているのか、30字以内で求めよ」
「…ほりゃぁ難しい問題じゃ」
要するに期待してないんじゃないか。俺らが勝手に期待しているだけさ。ああつまらない。
「なぁ坂本」
「坂本先生、」
「せんせーここがわかりません」
嘘。わかんねぇトコなんてねぇ。だけど彼は嘘だと知って俺の側に来てくれる。タイピンで止められていないネクタイが揺れていた。それを掴んで引き寄せれば頭上からぐえ、と言う声。けれどそれはすぐに俺の口の中へ消えた。
こちらから仕掛けたのにな、いつの間にか主導権は取られる、エロ教師め。(だけど気持ちよくて俺は全てを委ねる)
きっとこれは期待していた事象だろう。13/32よりもっと多く。そして俺は救われるのだろう。でもそんなのに数学的思考なんていらない。
no.009土←沖
こういう時だけだけども、日本開国してよかったと思うよ俺は、
寝てるあんたの鼻にキスを一つ。
この場合口付けより口吸いより接吻よりキスと言う方がいい。(だから日本開国万歳!)
まぶたの上にもう一つ。頬に一つ。それから唇に一つ。全部キス。キスって響きが好き。軽い感じで、好き。この人が起きてるときにするのはキスじゃなくて口付け。
きれいな寝顔にもいちどkiss!(寝てるときだけのサァビスだからね、内緒にしといてくれる?)
明日目驚かしてやろうかと、着流しの襟を解いてみた。綺麗な筋肉質の肌が現れた。(この身体で抱きしめられてたって考えたらゾクゾクしたね)
なんの(キスの)痕もないそこに、思い切りキス!(っていうか噛みついた)
皮下内出血キスマァク、これでおそろいとか気持ち悪いことは言わないけどね、あんたの肌は綺麗すぎるんだ。だからちょっとは傷ついてみろ!そうして理不尽なキスマァクをもうひとつふたつ。
最後の仕上げはまぶたにkiss!おやすみ俺の愛するあなた。
no.010(土)沖←銀
「ねぇ旦那、愛って何かなァ?」
「自分が一番知ってるくせに」
俺に聞くのは卑怯じゃないかい?沖田くん。
「そんなの知らないでさ」
むくれたって駄目だよ。“愛とは何か論議”は今まで何回もして一度たりとも答えが出たことないのに。(それでもまだ論議しようとするのは何故?)
「多串くんに聞いた?」
「聞いたでさァ」
「なんて言ってた?」
「なぁんにも。苦笑してキスして終わり」
うんまあ確かに土方くんらしいや、それは。(だけどそんなんじゃ君は納得しないんだね)
「じゃあ俺とキスしてみる?」
「いーけど」
可愛らしい桜色のくちびるが答え終わるちょっと前、俺は口付けた。
味なんて無いはずのそれが甘く感じるのはなぜ?抵抗ないから舌入れちゃいたい。だけどそれは理性で我慢。(でも土方くんは我慢なんかしないんだろうな)
「俺は今、愛って何か分かった気がしたよ」
唇を離して言ったら、少年はきょとんとした顔を見せた。
「俺は何もわかんねーままでさァ」
そして少し、笑った。
(きっと彼はその仕組まれた過ちを、信じて疑いもしなかった。)
no.0113Z 銀+桂
「先生は、白いですね」
オレンジ色に染まった教室。その色に染まった人間が2人。教室の真ん中で座っている2人は白と黒。
「この髪は白髪じゃねえっての」
真剣に黒の目を見つめて白は言った。
「いや、髪じゃなくて」
「白衣は白と決まってる」
「いや、服じゃなくて」
「じゃぁ………タバコ?」
「いや、タバコじゃなくて」
白はだまって座っていた椅子の後ろに体重をかける。絶妙なバランス感覚で均衡を保ったまま白は言う。
「いま二者懇談してんのわかる?さっきからセンセーの質問に答えてなくね?」
「進路は未定です」
「こんな時期にそれはないだろ…」
「じゃ、フリーターで」
「あのなぁ、フリーターはブリーザみたいだけど全然かっこよさとか別になんもないから」
ジジジジジジジジ
窓の外から、夏の名残が聞こえてくる。
「別にかっこいいとか思ってませんよ」
ジジジジジジジジ
白は体重を前にかけ、勢いよく椅子を元に戻した。そして気だるそうにメモをとる。
「もう行っていいですか」
「はいよ、あ、ちょっとまて……白ってどういうこと?」
ジジジジジジジジ
まさしく席を立とうとしていた黒はぴたりと止まる。
「…気になりますか」
ジジジジジジジジ
黒はそういって扉へと向かった。返事を聞けないままの白は机に伏した。
「先生」
扉の前まで来たときに黒は言った。
ジジジジジジジジ
「 」
ジジジジジジジジ
黒い長髪が、オレンジ色に染まって綺麗だ。夏の名残にその声は聞こえたのか。全てを知るのは白だけだった。
『心が、です』
no.0133Z 銀+坂(生徒)
「………これは無謀過ぎ」
ただの紙切れには空想いっぱいの夢がつまっている。それを振り落としてしまえとばかりに、白は紙をはためかせ続けた。
「無謀とはなんじゃ~、わしゃ真剣ぜよ」
「はっきり言って無理。お前がこの大学入れたら魚だって空飛ぶわ」
こりゃまた一本とられた、そう言わんばかりのオーバーリアクションをとり豪快に笑う。
「まぁいーや、テキトーに頑張って」
「さっき無理とゆっちょらんかったが?」
「そういう坂本は無理だと思うわけ?」
「おもっちょらんぜよ」
「じゃあ問題ないだろ」
そりゃそうだ、こりゃまた一本とられた!そう言ってもじゃもじゃはまた笑った。
世界中の人間がこういう人間ばかりだったらきっと世界は少しでも平和になるのではなかろうか。
万年平和頭の男の背を見ながら白は大きな欠伸をした。
no.014銀八と
彼にとってのライナスの毛布はペロペロキャンディと言う名の煙草なのだろうか。いやいや、幼児は煙草なんて吸いはしないのだよ。だけれど皆、何かに依存して生きている。ひどい自惚れだが、ライナスの毛布は自分だと言って貰いたいものであり、例えば「お前がいないと生きていけない」と言うような恥ずかしい台詞でさえ言って貰いたいと思う。俺がロマンティストだと言えば人は笑うだろうが気にはしない。
「先生にとってのライナスの毛布は?」
もし煙草なんて言われたら笑えない笑えない。
だって先生の煙草依存性99.9%。止める気なんて無いだろう?
「さあ?なんて言ってほしい?」
貪欲な大人は知っていた。俺自身があなたにとってのライナスの毛布であって欲しいと俺が思っている事を。
やっぱり彼には適わない。
「言える訳がない」
それにしても僕のライナスの毛布は君であるのだよ。ああ、
ライナスの毛布:人が物に執着している状態。漫画「ピーナッツ」に登場するライナスがいつも肌身離さず毛布を持っていることにより、このように例えられる。
no.0123Z 銀←高
「シロってなんだろ」
「犬の名前」
「いや、そうじゃなくて……」
「センセーが白いんでしょ」
「…なんでそう思うんだ?」
「キレーだから」
オレンジ色の部屋にまた黒と白の影。開け放った窓からは生温い風だけが吹きこむ。
「男に綺麗言われても嬉かねぇんだが」
ふぁっと煙を吹き出して辺りは白くなる。
「白い紙には白い絵の具を使っても見えねぇが、他の色なら易く染まるっつー意味だ」
「わかんねーなぁ」
「国語教師だろーが、ちったぁ頭使えよ」
鳥が飛び立つ羽音が聞こえた。窓の外には灰色の鳥。
「銀」
「んぁ?」
「俺色に染めてやりてぇょ」
唇を薄く釣り上げて黒は笑う。
「馬鹿か」
「莫迦で結構」
がたんと椅子が後ろに引かれて、振動が白にまで伝わった。
「じゃあな」
「おい」
その目が片方でなければ、白以外に何か見えただろうか。言おうとして止めた言葉は一体どこへ流れたのだろう。
「お前は何色に染めたいんだ?」
「赤」
それは懇談にならなかったが確かに人生を諮詢していた。