また消したの、と後ろから若い声。大概僕も若い内にはいるのだけれど、僕からしても彼女は若くて、幼かった。
ちなみに彼女が僕に対して言った「消したの」とは携帯のメモリーのことで、「また」というのは僕がその瞬間をちょくちょく見られているからという、紐解いてみれば酷く簡単な話だった。
彼女がどう言った理由で僕の携帯をのぞき込むのかなんて僕の知ったこっちゃ無いけれど、妙に責め立てるような言い方だけはちょっと気にしていたり。
「いいじゃあないですか、なんでも」
消したのは携帯の着信受信とメール全件、データ、アドレス帳…大分すっきりして満足していたのだけれど彼女のお気には召さなかったようだ。
けれど僕はちゃんと彼女のアドレスをのこしておいたし、この隊のみんなの名前も入っている。
「私が嫌なのはね、あんたが思い出を簡単に消すことよ」
そう言ってそっぽを向いた彼女だったけれど、携帯のメモリーなんてそんなに大した思い出でもないだろう。それに彼女の方が随分と思い出を消し続けているという事実を僕は知っていた。理由も分かっている。多分、それが僕と同じならば。
「俺、面白いこと知っちゃっって」
あえて彼女を見ないまま、言う。いや、見られなかった。僕は逃げたのだ。
「ここで葬式する時、まず携帯の電話帳に入ってる人に連絡するんでしょ」
だから、僕の携帯電話に入っているのは、この組の仲間の名前だけ。他の人には知らせなくて良い。
「じゃあ私の葬式は寂しくなるわね」
感情のない声は、怒ったように聞こえる。しまったかな、と思う僕に拳骨が飛んできた。
「嫌がらせにあんたの葬式は全国に生放送してやるわ、しかもド派手にね」
「やめてくださいよ」
「でもまぁ……あんたは死なないと思うわ」
確信を持ったように言った、彼女の勘は良く当たる。だから彼女の口からそんな言葉が出たのに恐怖した。
だって彼女は今でも思い出を消し続けている。
「私は、わからないけど」
まさかそんなことはない、それは彼女の希有で思い込みでしかない。ああ、そうだ、きっとそうでしかないのだ。
(なら、何故彼女は思い出を消すのだろうね?)
(ねぇ、沖田さん、あなたのアドレスに僕は入ってる?)
ああ、あ、電話は、鳴らない初期真選組沖田と永倉
大嘘吐きバラック土→←沖
地球は丸いけれど、正直自分の目でそれを確かめたことはない。だからと言って僕は宇宙飛行士になれるほどの人間ではない。おや、「夢は叶うよ!」だなんて言うのはどこの甘ちゃんだい?そろそろ現実を見なよ。
だってほら、こんなにも世界は狭い。
そうしてそんな狭い世界の中での「成功例」だけをメディアやら本は取り上げて、「アンダーグラウンドなんて存在していませんよ」って顔でイイトコだけを見せるから、僕みたいに「ああ!大きくなったら宇宙飛行士になるよ!」なんて言う勘違い野郎が出てくるわけだ。
まあ、僕の場合その勘違いに気付いたから良かったんだけどね!
「………だから…何だ」
冷たい言葉を投げかけてくるけれど、確かあなたもリアリストでしたよね。現実と夢とのギャップは如何ですか?なぁんて聞けるはずもなくて、「いいえ、別に何でも」と、僕は言葉を濁して笑った。きっと今の僕はとっても苦々しい顔をしているだろう。
「ああ、要するに」
ここからは、ヒトリゴト。だから聞いてなくていいんだよ。
「愛っていうのは、成立しないんでさァ」
きっと言葉を作った人が愛と恋と好きとが、はっきりわからないまま言葉を作っちゃって、そのまま、辞書に書いちゃったんだ。だからどれどれがこういう感情で、どんな風な気持ちになるのかってのは辞書を引いてもわからない。
だって正直「愛とか何?」って感じだし、もっというと、「どれだけ愛していたってそれが伝わらなければ言葉なんて無意味」辞書なんかはアテにならないし、だいたいフィーリングは辞書なんかで分かるもんじゃない。
「どんだけあんたを好きで愛していても、全然伝わんないし、あーあ、もう」
キライキライキライ、あんたなんてもうキライだ。ねえ、お願い、俺を愛してよ。でも、それは夢なんだ。しかも叶わない類の夢。ああこれ、宇宙飛行士になれないって気付いた時くらいのがっかり加減だよ!
「伝わってる」
それでも食い下がってきた彼に苛立ったまま「何が?」と、冷たく言い返す。
「全部、分かってる」
「嘘、嘘うそ」
「嘘じゃぁ、」
(ならなんで言ってくれねェんでさァ!)
叫びは飲み込んでしまった。
俺はもう、あんたを信じない。理由なんて簡単すぎる。現実を見なよ馬鹿野郎!
俺は泣きそうになりながら叫んで叫んで叫んだ。
抱き締められたって、キスされたってだれが言うか。
(ただあんたに愛して欲しいだなんて!)
(ただ言葉が欲しいだけだなんて!)(地球は丸いなんて誰が言ったのさ!)
(全部この目で確かめさせて!)
真選組バトルロワイヤル上からのお達しのバトルロワイヤルに参加中/誰か一人が犠牲にならないと終わらない/拒否権もない
壱.土方十四郎の告白
卯月の終わりだというのに、真冬の寒さはなく、むしろ全身にまとわりつくような生暖かい感覚さえする奇妙な日だった。低い月が、空でにんまり笑っていた。こちらの気も知らず笑うそいつと同じように見知った顔の少年(……?)は笑っていた。
赤い月はあの日の赤と同じ、瞼の裏にへばりつく
「犯した、おまえの顔はもう思い出せないのに」
◇
弐.沖田総悟の告白
誰も誰もが幸せになることなど出来やしない。
例えば3人というのは一番厄介で、3人全てが幸せだと感じるにはどこかで犠牲を払う必要がある。犠牲になった者は例外なく傷付くのだから、それならいっそ3人には成らない方がいい。
だからひとり、(できれば俺を、)殺してしまおうか。
(それは笑えない言い訳だった)
◇
参.近藤勲の告白
頼られるのは嫌いでない。馬鹿だと笑われることも。甘いと言われるが大概のことは許すし、例えば自分が信じる仲間に斬られたとしても許して死ぬのだと思う。小さな子供はお人好しだなぁと笑ってくれたが、自分にだって許せないことはある。
(子供、何故お前が笑っていない)
ただそれが許せないのだ。
◇
肆.山崎退の報告
血が流れるよ。と笑ったのは子供(……?)だった。
と、彼(肩書きは局長でいいのだろうか)は言った。
地球が割れてゲームオーバーになればいいのにね、とそっと刀を置いた少年はぐるりと空を見た。
最初から決まってる勝負に賭けたって何も面白くねぇのに。と、男は刀をとった。
僕は、理解できません。と、白い服に身を包んだ。
(誰か、誰かが、おまえが一番理解できないと最後まで笑ってくれればいい)
※※※※※※※
解説:皆で殺しあえと言われたら、土方は近藤にも沖田にも殺される覚悟がある。ただ副長の座は沖田にやる気はない。
沖田は自分が犠牲になればいいと思っている。ただ近藤が悲しむのなら死ぬのは止めたい。
近藤は一番前向きに考える。殺し合う理由がないならしない。死のうとするのも止める。が、土方に一喝される(死ぬってのがわかってないって)
でも本当は自分が死んだら組も終わりだという事を知っているから死にたくても死ねない近藤
全員の気持ちを汲むのが山崎で、本当にやらなきゃいけないと分かれば、最終的に彼が死ぬ。
山崎はそういう影の存在で、その存在に自らも意味を見いだしているし、覚悟もある。危険な仕事行くときは奥歯に毒仕込んでおくタイプ。
そんな暗いことを考えていたけど最終的に松平のとっつぁんで解決。
ただ、黙って、抱きしめるのに初期設定 土←沖←新
「あーあコレ、洗わなきゃ」
血が赤くなかったらいいのにねぇ、と彼女はくすりと笑うと、その赤く濡れた肌を袖で拭った。
血なんかついていないようにも見えたけれど、黒い袖についた飾り縁は確かに赤く染まっていた。
「水と区別するためじゃないですか」
「おお、永倉のくせに鋭いこと言う」
「くせにって」
言い返そうかと思ったら土方さんが遠くから呼んでいた。彼女はハッと気付いて声の方へと振り返る。
「永倉、これ持ってて」
ばさりと上着を投げてきた彼女は、さっさと土方さんの元に駆けていってしまった。
残された彼女の上着は血で重く、あの独特の鉄の臭いがした。
それでも、血は赤く生臭くて良い。透明で無味無臭のものだったら、雨みたいだけれど、正直血の雨の方が彼女は美しいと思うのだ。
上着を脱いだってあなたの穢れはとれない
(僕ならあなたのこの上着ごと抱きしめるのに)
彼女の願いでした初期設定 沖田と土方
たまに思うの、何であの時、この腕は治っちゃったんだろうって。
神経まで切れてたから、このまま一生剣を握らずにすむんだって思って、あんなに泣いたのに。だけどどうしてあの時「もう一度戦わせて」なんていっちゃったんだろう。
あの涙って悔し涙?
それとも嬉し涙?
どっちだって結局、今の事実として残っちゃったのは「剣を握る私」。
剣って言うか傘って言うか、とりあえず自害できる手段で、相手の命を奪うモノ。手が動かなくなってから「なんで私は人を殺めるの?」なんて思っちゃったりして。馬鹿みたい。
「なーんか、昔もそんなことを言ってたよなお前」
「昔って土方さんの髪がまだ黒かった頃だっけ?あれ、ずっとそんな白髪だったっけ?」
「茶化すってことは図星か」
「ふん、忘れちゃいましたよそんなこと」
でも、きっと昔からずっと私は思っている。
『なんで私は人を殺すの?』
仕事だからって言って片付けないといけない、私は罪人が死ぬのを見守る刑務官のようだ。この仕事に誇りはある、自分なりの生きがいも、けれど、ただひとつ相容れないとしたら、この手で殺めた人間の顔も数も年齢も境遇も何一つ知らずに生きていく自分。
腹立たしい!私だけのうのうと生きる、それが。
あの時死んじゃえばよかった、命がなくなるって意味じゃなくて、「戦う私」っていうのが死んじゃえば。そうしたらきっと私は、普通に女として生きて、結婚して、子供を生んで。
「幸せになれたのにね」
「お前にとっての幸せがそれならな」
「どーゆーことですか」
彼が言わんとすることも分からなくはない、私が幸せになれる方法とか、そういうの。
だけど武器を手に、人を殺めて生きるのが幸せだとでも言うの?
(けれど、私のいる場所もここしかないのだから)
「守られる女にはなりたくない、近藤さんの隣は私で良い、だからあんたになんか、渡さない」
「おー怖、」
居場所なんて、ここにしかない。皆の傍から離れたら、私は私でいなくなる。幸せなんて何処にもない、いいや、でも、きっとここにはそれに近い何かがある。
「明日になれば、大丈夫かな」
この剣を握る感覚が、消えないうちに私は泣き方を思い出すのだ。
それからもう一度、思う。
(なんでこの腕、治しちゃったんだろ)
I hate you!!鬱注意 ミツ←土←沖
この世で一番嫌いなものが愛とか恋とか好きとかいう感情だと言って、自分も信じずに生きてきた。
「ああでも、姉上は好きだったなぁ」
「一番嫌いな感情なんじゃねぇのか」
「……姉上はもういませんぜ」
自分ほどサディズムとマゾヒズムを兼ねた人間はいるのだろうかと思う時がある。例えば人の心の傷をえぐるとき、その傷ついた顔を見て自分は心を痛める。その時に感じる焦燥と罪悪感が、自分が生きていると実感できる唯一のものだったりする。
それは剣も同じだった。
殺すことで感じる罪悪感、その痛みだけが生きている実感を持たせてくれる。だから自分は試合より実戦が好きなのだろう。
「あんたも戯れ言吐いてねぇで、そろそろ俺に殺されてくだせぇよ」
愛だの恋だの好きだの嫌いだの、馬鹿馬鹿しい!(ナンセンス!)
汝隣人を愛せよ。と言われたら、僕は迷わず彼を叩き斬るだろう。
「愛とは死と見つけたり…っていいと思いません?」
「よかねーよ」
「ああ、今なら姉上のとこまで片道フリーパスなのに」
刀を抜いて、笑いかける。ああ、僕の正しさのベクトルはひん曲がってどこかへ行ってしまう。
だれか止めて、そうして。
(俺を好きになってよ!)
ガシャンと派手な音を立てて、鞘が地面に落ちた。
彼はまだ煙草をふかしていて、僕の方を見ようともしない。彼女と僕の違いは何?
「だから愛なんて嫌いなんだ」
呟いて、赤色に染めて。
それでは皆様ごきげんよう※血表現 土沖
もしも、この名がずっと先まで語られたならそれはきっと素敵な事だろうな、と彼は笑って、ゆっくりと目を閉じた。
死んだのか、と問うたら、生きてますよ、と返ってきた。
けれどその口端には血がついていて、もう少し言うと腹に傷があった。しかしその血が喀血によるものか、内臓損傷による吐血なのかは俺の知ったことではない。
死にそうじゃねぇかと言えば、それはあんたの目が腐ってるからそう見えるんだと返されて、話にもならない。
「もし俺が有名になったら、俺が此処に生まれてきた証明になりますかねぇ」
ああ、と答えたら、その頬がふっと緩んだ。
「せめて歴史に名が残るくらいじゃないと、無理かなぁ」
俺の言葉など無視する彼は横たわったまま、荒く息を吐いてそう言うとよっこらせ、と身体を起こした。
此処は、俺と彼と仲間と大切なモノを護る戦場。さあ行くぞと、負傷した彼を立たせる俺は鬼のように見えるだろう。いいや、実際、もう、鬼、なのだ。
「へっ…若くして戦死、じゃ名ものこらねぇだろうよ」
それは苦し紛れの、彼への願望だった。死ぬな、生きろ。
「行くぜ、一番隊、斬り込み隊長殿」
「それ、なんかムカつきますねィ」
知ったことかと笑ってやった。俺は確かにほっとしていた。ああ、それだけ元気があるのならば大丈夫だ。
「奴さんが、お呼びだ」
視線の先に攘夷浪士がひとりふたりさんにん。
「ええ」
分かってまさぁ、と言う声は低くて、それでも飄々としていて、彼は楽しんでいるようにも見えた。
「あ、近くにいたりしたら間違って斬っちまうかもしれねーんで、」
俺が返事をする前に、まあそれでもいいんだけど、と口の端だけ歪めて笑った彼は一気に駆けだした。
そして、肉を斬る音が、聞こえたのだ。
そんな夢を見ました銀土
俺とお前は全く違うんだ。何がって、本質が。そうしたら、そんなもんあたりまえじゃねーか、とお前は言った。
そう言う意味じゃない、といってもお前はきっとわからないのだろう。
「お前の過去は知らねぇが、木刀振り回してるくらいはまだ可愛いもんだっていってんだよ」
そういうこと、お前は喧嘩屋だったと言うけれど所詮、喧嘩屋は武士ではないのだ。因みに俺も武士ではないけれど。
だからなにが言いたいと、不機嫌な声が聞こえたから、俺はなんとなく動かした指ばかり見てぼんやりとしてみたり。
「真剣の重みを知ったのは何時だったかな」
感傷に浸るな、感傷に浸るな、そうは思ってもぼろぼろとこぼれ落ちてくる感情が苦しくて、ゆっくり、浅く息を吐く。
「今日はらしくねぇな…」
彼は呟く。ああ、そんな事は自分が一番わかっているんだ。らしくない、けれど。
「甘えてぇと思ったんだよ」
ほんと、弱い、俺。
「お前は強い」
あれ、声に出てた?なんて思っているうちに、視界に彼の手が入ってきて、それが、冷えた俺の手を取った。
「自分を見失うな、大義がなけりゃ我を通せ、そうやって生きて、まどろっこしい事考えてんじゃねぇ」
小さく音を立て、手の甲に唇が落ちた。柔くて暖かい人間のそれ。血の温かさにも似ているなんて言わないように口を噤んで、受け止めた。
ああ、殺さないと誓っていたのに
護りきれなかったものが手のひらから零れてゆく
そんな 夢を見ました
小フーガト短調土←沖
へぇ、そんな酔狂なもんが弾けんのか。
と、彼が言ったので、弾けませんよ。と笑っておいた。
音を奏でる黒白の鍵盤にアルペジオ的に指を落とせばがひとつ。ふたつ。みっつ。
本当はちゃんとした曲を弾けたんだけど、唯一弾けるそれがくらーくて、陰気で、俺の嫌いな曲だったから弾くのは嫌だった。
だってだって、今日はおめでたいことの下見に来たわけだし、ここはとっても神聖な場所だし。(まあ俺にしては多少以上におめでたくないし、他神の神聖なんてクソ喰らえだけども)
今流行りの結婚式場は神前婚で、メリケンの宗教に沿っている。
十字架背負って幸せになれるんだろうかとも思ったけれど、そん事をいったら俺の神様に怒られそうだと思ったからそれは言わないでおいた。
みょーんみょーんって、鍵盤叩く度に響くパイプオルガンの音が気持ちいいから、調子にのって適当に即興曲を弾いてみた。
自分が音を奏でてることが純粋にすごいと思う。まぁ、実際はバラバラの不協和音が響いてるだけなんだけど。
「うるせぇ」
どうやら、みょんみょんばんばん鳴る音がお気に召さなかったらしい俺の神様はチッと舌打ちして睨んできた。
「当日、俺が弾いてやりまさァ」
即興曲を止めて、俺が唯一弾ける曲を鳴らしながら聞いてみた。
題名、なんだったかな、これ。
「ちゃんとしたヤツも弾けるんじゃねーか」
俺の言葉をあっさり無視して呟いてから煙草を吸い始めた彼に、入り口の禁煙の貼り紙を見たのかとか、その灰を落としてここが火事になってくれりゃいいのにと思った。
「あんたはいつまでも俺の神様でいてくだせェよ」
なるたけ建物の壁という壁に大きく響くように言ってみた。だけど大声だすと感情が出ちまうからいけねぇ。今、声が震えたかもしれない。
「断る」
だけど、ほら、一刀両断交渉決裂。
かみさまかみさま、誓いの言葉は破棄されました!
三日後には、彼が俺の知らないどっかの女と愛と永遠の誓いをたててるんだろうなぁと考えたら、やっぱり火事になって全部燃えちまえばいいんだって思った。
バンと云う音と共にはじけた音は短く響いて透明な空へ消えていった。
呼吸、鼓動坂高
まただ。
心臓が痛い。
息も苦しい。
朝起きて、目を開けて、起きあがろうとしたら鼓動が変に波打った。おかしいな、と思ってる間に症状がどんどん悪くなってきて、心臓がぎりっと締め付けられて、息苦しくなった。ああ、やっぱり持病だった。
病名も特効薬もない、ただ時間が経って治まるのを待つだけのこれ。
この症状はかれこれ十四の時から続いている。だからもう慣れてしまった。この苦しさは昔から変わらない。否、歳をとる事に酷くなっている。
「…―晋助?」
隣で眠っていたもじゃもじゃが話しかけてきた。いつの間に起きていたのか知らないが、ゆるりと顔色をのぞき込んできた。俺が息苦しさの度に深呼吸していたのに気付いたのだろうか。馬鹿のくせにこういう所だけはよく気付くんだなと可笑しな関心をした。
何か言おうと声を出そうとしたらあまりにも肺が苦しく、声は出なかった。大丈夫だと言いたかったが、そう大丈夫でもないようだ。軽く目を閉じると、節くれだった指が優しく前髪に触れてきた。
やめろ、今心臓が苦しいんだ。余計苦しくするつもりか。
ゆっくり息を吐いた、それでも息苦しさはまだとれない。もしかしたらこのまま死ぬかもしれないと不安になってつい辰馬の腕を掴んだ。
たとえ死なずとも、リミットが近いのではないかと不安になるのだ。元から期待してはいないがどうやら俺は長生きできないらしい。
死ぬのは恐い。
ただ腕をつかんだ。よかった。まだ手に力は入る。俺は顔を上げて「いくな」そう唇で形作り、声を出さずに言った。
もじゃは一度だけ深く頷いた。
貴方に魅せられた、私はショウガール坂高 R18
正直言って、五月蝿いと思った。
ゴロゴロニャウ、と猫が鳴いている。可愛くねぇ鳴き方で、俺はますます苛ついた。
だけどあいつがあんまり可愛がってやってる猫だったから無碍には扱えない。
俺の布団に登って毛だらけにされてもまあ許してやってはいた。
だけれど人間には許せない瞬間と言うものがやってくるのだ。
俺にとってのそれはその瞬間だった。 おい、と声をかけようとしたらスルリと腕から抜け出したそれは、猫ではなく人間だった。しかも大きな男。 無視されたというか、素通りされたというか。 俺より猫の方が大切だと言わんばかりの行動に、ぷちんときた。
「んなに猫の方がいーなら金輪際俺に構うな莫迦野郎」
あー、つまんねぇつまんねぇ。テメーがそういうつもりなら俺は他で抱かれてくるぜ、とまで言おうとして、あまりのバカバカしさに途中でやめた。
(単なる嫉妬だと気付いたからだ)
自分で自分が厭になる前にさっさとこの場から離れてしまおうと、倒れ込んでいた布団の上から退くと、もう一匹の子猫が足元にまとわりついてきて、俺はまた苛つくしかなかった。
「坂本、どうにかしっ」
振り向いたと同時か、もう少し早くに視界が平行から垂直に、東から北に、モジャ男から天井に変わり、俺はまた布団へと倒れていた。
同時に背中を強く打って息が詰まった。 痛いと言うことも叶わずに、着崩れたままの着物の前襟から手を入れられた。
抵抗の余地がないほど押さえつけられて、それでもその力強い腕に、肩に、足に、全てに愛おしいと感じてしまう。
「っ…」
肌に触れるか触れないかのギリギリの所を撫で回していた男の大きな手が胸を突起をかすめて、危うく声を上げそうになった。
躰が敏感になっているのは先刻まで与えられていた半端な愛撫によるものか。
鳥肌が立つほどの快感に己の熱が上がっていくのが分かる。男の無骨な手はお構いなしに俺の快楽を引き上げてゆく。
躰の熱がぐんと上がった。 ゆるりと口付けられたかと思ったら激しく熱塊を握られたからだ。
「っ…あっ!」
出すまいと思っていた声を上げてしまった俺に不適なほほえみで笑いかけた男は、唇を頬から耳朶へと滑らした。
そこで甘噛みされて囁かれた、たった五文字の言葉。
馬鹿かと思うが、それにすら感じてしまった。(本気で言われていると信じない方がいいのに、信じてしまう俺は莫迦だ)
全力回転する脳内でそんなことを思っていると、唇が胸の突起へと流れた。
「はっ…たつ……っ…」
男の片手は熱根と袋を責め続け、口から霰もなく声がでてしまう。
そうして音を立てて吸われる乳首にじわじわと脳を犯されていく感覚がする。
頼むから早く早く俺にお前の熱をくれ。 はやく、と男の着物に手を伸ばして必死に脱がしにかかるが、力が入らない。 ようやく掴んだ帯を引き抜いて、はだけた肌に浮かぶ傷跡に朱を散らしてやる。
「ふっ、しんっ…」
傷にしみたのか、珍しく声を上げる男の顔を見上げれば、妙に色めいていて我慢ならない。男の自身も固く勃ち上がっていて、熱の解放を望んでいるようだった。 喰らいつくようにキスをして、腰を動かし自らの熱を男のそれにこすりつけると、男は意地悪く笑う。
「んっ…たつま…っ……早くっ」
「晋はかわええのう…」
「くっ…あぁあっ!」
ぼやけた頭で正しく理解できていなかったかもしれないが、射精口を爪先で引っかかれた感覚と、その瞬間にビリリと快楽の痺れを感じ、自身は男の手の中で果ててしまった。
ああもう。吐き気がするほどに憎い。(それはお前ではなく俺の躯が憎いと言う意味だ)
その後は波に溺れるように激しく睦みあった。(俺が望まなくとも躰のベクトルは欲望の方向へと正しく向くのだ)
二度目に白濁を腹の中へと吐き出された時に、俺の意識は消えていった。 意識を飛ばす寸前に、憎く思った子猫の顔と鳴き声を聞いたような気もしたが、坂本がまた呟いた五文字をが鼓膜から脳内へと痺れをもたらして行ったので、目覚めた時俺は猫の事など忘れていた。
きっかけなど、単なる始まりに過ぎないのだ。全てが終わる時に持っていればいいものは、忘れられない想いだけだろう。(例えば、俺は「お前からの愛」だなんて言えるはずもないけれど)
スモーキンマジック3Z 銀土
ぴょいっと連れさらわれたのは、俺の相棒の煙草。マジでか、と思ったときには時既に遅し。
「学校で堂々と吸うなんてなかなか度胸あるね、多串くん」
ソフトボックスはくしゃっと握られ、そのまま残り少ない煙草を一本取られた。
「見つかったら反省文と謹慎…悪くて停学?」
「……だから?」
言い訳をする気にもなれずに自暴自棄になってみる。自分については何を言われてもいいが、「風紀委員で煙草とは」と言われるのだけは嫌だった。
「これ、口止め料でいーや」
にっと笑って先生は煙草に火をつけた。
こんなのが教師でいいのか、と一般の生徒サイドで考えてみるが、今の自分にとっては有りがたいほどの寛大さ。あのハゲ校長もこんなだったら世界が平和に…あ、でもこんなのばっかはよくないな。
なんて思ってる間に、先生はくすぶる煙を大きく吸って眉をひそめてた。
「…おぇ…強っ」
「12㎎っす」
「俺の倍じゃん…」
「そんな弱いのなんすか?」
「俺はチェンスモだから弱いくらいでいーんだよ」
「俺はチェーンで吸えないから濃いんすよ」
教師と生徒が煙草で盛り上がるのは如何なものかとも思ったが、とりあえず先生に怒る気がないのならそれでいいや。
「かーっ、ばっか。若い内からこんな濃いの吸ってんじゃねぇって」
「先生には言われたくないっす」
「…確かに?」
ははは、と笑って先生は白衣のポケットから箱を出して俺に投げてきた。何かと思ったらそれは例の6㎎煙草で、
「一本だけな」
先生は笑った。
本当、こんなのが教師だなんてよくPTAから苦情が来ないよな、なんて思ったけれどつい手が伸びた。
一本だけ、と、火をつけてみる。
いつもの俺のと香りが違ったけれどそれはいつもの先生の香りで、俺は抵抗なく口にした。
「薄………」
全然味がしなくて、マジ最悪。煙草の香りだけがちょっと鼻についた。
「それ、やるわ」
俺の煙草を持った先生は笑って、吐き出す煙で白い輪っかを作っていた。
「一本だけじゃないんすか?」
「へらせよ、ニコチン」
白衣がひらりと風に舞って、先生は階段へと向かっていた。
それがまるで白煙の中のマジックショーみたいで、俺は笑った。
貴殿の美しい日に坂高 死ネタ
「ほいじゃまた会おうき」
男は言った。
「おお」と、俺は後ろ手に手を振った。
それが最後になったなんて誰が思ったんだ。あの男でさえも思わなかった筈だ。
あの強い男が?まさかそんな莫迦な。
初めに感じたのは疑いと呆れ。
前線離れし過ぎて呆けたか。あれだけの男が何の抵抗も無く?ああ、もしかしたら自分の命を狙った輩を諭そうとしたのかもしれない。争いが嫌いだなんて生ぬるいことを言っているからだ。莫迦野郎。
次に感じたのは怒り。
何故こんなにも簡単に?あんなにも繰り返した約束を破るなんてん最初からしない方が良かった。
最後感じたのは哀しみ。
ただひとつ良かった事が有るなら、生と没が同じ日付だった事だ。霜月十日余り五日。あいつは生まれ、死んだ。覚えておく日が1日でいいのは楽だと言うことと、俺はあいつの没日よりも誕生日を祝ってやりたかったから。(そう、俺はあいつの笑った顔が好きだった)
《わしが死んだら泣いてくれるかの》
昔のあいつの声が響いて、あまりに薄情な俺は泣くことも忘れて、男の顔を見ていた。血色が良い。実はまだ生きているのでは無かろうかと思うほどの寝顔。ただ違うのはいつものように笑っていないと言うことくらいで。
その顔に手を触れると、躯はやっぱり冷たくて、死人の躯だとようやく実感した。そのまま指で唇を引き上げてやる。
いつも大口あけて笑う、あの莫迦みたいな笑い顔には届かなかったが、多少なりとも普段のそれに近付いた気がした。
ほんの数秒、その唇を見ていたら昔話を思い出した。まぁいい大人が考えるには子供過ぎた御伽噺だったのだが、その時の俺は全くの真面目だった。
俺はその男の唇にそっと己のを寄せた。冷たい皮膚に甘さはなくて、その時初めて目頭が熱くなるのを感じた。
そしてそいつの目が開くことがないという「事実」が、どれだけでも俺の心を締め付けた。
嗚呼。
無くしてから気づく、ということはこういう事をいうのか。もっと愛してやれば良かった、なんて今更ながら呟いた。
伊国的讃美歌坂高 死ネタ
「世界中の人間、例えば姉上ですら俺を嫌いになったとして(ああ、考えただけで涙が出そうだ)
それでも土方さんはいっつも俺の事嫌いだから普段のあんたで居てくれるんだろ?
だから土方さんはありんこの心臓よりも俺を“好きだ”とか思っちゃいけない。いや、好きってそういう意味じゃなくて。
…そういやそもそもありんこに心臓ってあんの?」
(紫の煙じゃない、白い。けどあんたの口から出るのは美味くもない紫煙)
「じゃあ俺がお前を好きだといったら、お前は世界で独りきりか?いや、好きってそういう意味じゃなくて。
それなら今すぐ好きになってやろうか?そしたら世界中の人間がお前を嫌ったとき俺もお前を嫌うんだろ?」
「はぁ?馬鹿ですかィあんたは。世界中の人間が全く同時に俺を嫌うなんてありえねェだろ。何メルヘンな話してんの?発情期?」
(ああ、世界とはどの範囲までをそうだと呼ぶの?グローリアが聞こえる範囲まででいいの?もしもこの眼に見える範囲が世界だというなら世界は土方さんと青空と庭の植物、そして手の中にある饅頭だけになってしまう)
「おいイィィィ!!態度一変かよ!あーあ!答えてやった俺が馬鹿だった!」
「おやおや土方さんらしくもない。俺は所詮そういう男でさァ―。あ、ねえ、饅頭喰わねーなら貰いまさ」
「もう勝手にしろ」
(頼むよあんた、あんたまで俺を好きだといったら世界にモシモが起こったとき、俺はこの世でたった独りになってしまう)
「あーあ、どっかに楽しい事落ちてないかなァ、」
「見回り行ってこいや」
「やだ面倒くさい」
(もうね、ちょっと前に世界を揺るがすモシモが空から降って来ちゃったんだよ。天人襲来がね。だからまたこんな早くに俺のモシモが降ってくる訳はないんだよ)
「ああ、でもグローリアが聴こえる範囲でなら」
「何か言ったか?」
「いいえ何にも」
ややこのかわいらしいおててでございませう土沖
手を差し伸べでも、(いいや、差し出すと云った方が正しいのだろうね)彼が僕の手を掴むことはないのですよ。
いつも後ろから見つめる背中は僕に何か示唆するわけでもなく、ただただ彼との距離を映していたのです。
だってほら、手を伸ばせば、その背中に振れることだって出来るのに。
つつっと、指先で背筋をなぞってやったらどうなるのだろうね、彼はきっと無視か怒るかするのでしょう。ああ、そんなことで怒られちゃたまりませんよ。カルシウムが足りないと人は云うけれど、知っていましたか?カルシウムだけじゃあいけないのですよ。
だから僕は彼をリン不足の人間だと疑って止みません。
背中に触れることも手を差し伸べることも出来ない僕は、苦し紛れに悪口を云い、せめて振り返ってもらおうとするのです。(なんて卑しくも悲しい行動なのでしょうね)
「土方さん早く死んでくだせェよ」
勿論それ彼は私の手のひらのそれをみていたのですよ。なかなかどうして風流なことではありませんか。風流というか、奇跡に近しいそれを見たような気がしましたよ。
「嘘うそ。死んじまったら困りまさァ」
だから僕が殺しに行っても死なないで下さいね。と云えば、どこからともなく舌打ちがひとつ聞こえてきました。
素直に「生きていて」なんていえやしません。云えることといえば、降り積もる五葉になぞらえて、想いをそうっと伝えるだけです。
女子(おんなご)の様にモミヂの美しい着物を着たら彼は僕を見てくれるでしょうか?なあんて考えてしまう僕は相当彼に滅入る重症患者。(彼は僕になんか興味がないので触れることさえ、叶わない)
「沖田総悟、参る」
少し斬りかかってみたくなって刀を抜いたらね、卑怯だぞ、と彼が言ったのです。だから僕はそれなら士道不覚悟で切腹ですねと笑ってやったんです。
そう、紅葉が舞っていたんですよ。僕はその数枚を切り落として刀を鞘に収めました。
彼がなにも言わなかったので僕もなにも言いませんでした。
ただ、どんどんと近付いてくる冬に、少しかじかんだこの手を握ってくれる誰かがいてくれたなら、と思ったのです。(紅葉が綺麗だったのですから)
出来れば、あなたのその汚れた手が良い。
鳥を仕留める高桂
視界の端でちらつく長い髪が鬱陶しい。そこら中で血が飛沫を飛ばしているというのに、それにかまわず髪を振り乱して、昔のような髪艶はもうない。
視界の端で、その髪が散ったのが見えた。
過去の残存が重なって、焦った瞬間、刀が肩をかすめた。
今日の戦は終わり。
そうして躰を休めるのだが、こんな少しの休息で全ての疲れや傷が癒せるわけもない。しかし畳に横になるのは悪くない。
「ヅラ、それ縛れ」
「ヅラじゃない、桂だ。…それとは、これか?」
長い黒髪の毛先ををぴょんぴょん回して、男は聞いた。
「それだ、戦ってる最中視界にちらついて鬱陶しいんだよ。いっそバッサリ切っちまえよ、邪魔くせぇ…」
「切るのは簡単だが伸ばすのは大変なんだぞ」
「だから縛れよ、テメーの髪についた血の臭いがうぜぇんだよ」
「そんな事は知らん、それに血臭はお互い様だろう」
「とにかく縛れ」
「紐がない」
面倒な問答を繰り返して、ようやく先が見えたと思ったらこれだ。
全くもって面倒だ。と、首にかけていた御護りの紐をちぎって渡してやった。
「いいのか、それは…」
「いいから縛っとけ」
桂が言いたいことはわかった。どうせ先生の事を言うつもりだろう。けれど髪を縛れと言った理由だって先生が関係しているのだ。だから黙っておけと言って俺は目を瞑った。
先生の長くてしなやかな髪と桂のそれとが重なって見えてしまって仕方がない。
時々、桂の髪を刈ってしまいたくなる。羨ましい訳ではないので自らの髪を伸ばしはしないが。
考えを巡らせていて、次に気付いたときには桂は髪を縛っていた。
「似合わねー」
顔の周りが妙にこざっぱりとしていて知らない奴を見ている気がした。
けれど縛っているものが俺のものでそうして師の形見で、なんだか共有で共通の小鳥を捕まえたような気分になった。
二匹の猫の戯れ坂桂
《どうしてじゃろう》
彼は呟いて俺を見た。振り向いて彼を見ると、直射を避ける色付き眼鏡に俺が映っていた。戦の後に視力が弱ったから掛けているのだと言っていたが、俺はそれが嫌いだった。
《おんしの項にそそってしゃーないき。どうしたらええじゃろ?》
真面目な顔つきで彼は言った。俺は苦笑して莫迦、と言った。その時の俺は暑さの為に髪を高くで結ってくるりと軽くまとめていた。
《馬鹿とはなんじゃ、わしは真面目じゃ、おんしがかわゆうてしゃーない》
どこまで本気か分からない彼はあっはっは!と大きく笑った。まとまりのなく揺れる髪も、眼鏡の奥で細められた目も俺は好きだった。
寛大で、一直線で、侍なんて型に納めておくには勿体無い彼があんまりにも素敵で、俺も笑った。
坂本、俺はお前が羨ましいよ。
彼は笑顔のまま首を傾げた。
先日銀時に『お膳立てされた武士道など貫くな』と言われてしまった。お前だったらそんなことを言われることはないのだろうな。
お前はあまりにも大きい男だ。羨ましい。俺はしっかりと彼のその黒の奥の黒の瞳を見ていた。
《おんしがわしのようじゃったら誰がこの世界を変えるんじゃ?》
彼はくつくつと笑って俺の髪を解いた。重力に反することのないそれは背に散らばって、舞った。